「ブルース様。ダミアン様が新しいご職業に就かれたようです」


バットケイブのコンピューター前に居座っている主人に向かって、アルフレッドがどこか誇らしげに差し出したものは賞状だった。


「The knight of the dark knight?」


ブルースはその一部を読み上げ、首を傾げた。


「さようでございます。闇の騎士の騎士。つまり、貴方様を御守りする騎士です。この下にサイン欄がございます、どうぞここにブルース様のサインを。おっと、違いました。dark knightでお願いします」

「待て、どういうことか説明しろ」

「先程ので全てです。さぁお早くなさってください。授与式が始まります」

「は?おい、アルフレッ」

「ダミアン様の入場〜」


アルフレッドがそう叫ぶと、バットケイブの入口が開いた。そこには緊張した面持ちで、姿勢をぴんと正したダミアンが立っていた。彼は手足をしゃんと伸ばし、カクカクとしたロボットのような動きで階段をおり始めた。


「さぁ、旦那様。ダミアン様がここに来るまでにサインを!」

「え!?あ、いや」

「いいから!」


アルフレッドの鬼迫に押されサインを書き終えると、もうダミアンはブルースの数歩先まで来ていた。少年はそこで両足を揃えてぴんと立ち止まった。


「それでは、只今よりThe knight of the dark knight任命式典を執り行います。ダミアン・ウェインは前へ」


「はい!!」


アルフレッドの言葉に、ダミアンは再度姿勢を正すと、一歩また一歩と歩み出した。アルフレッドは困惑しているブルースの脇腹辺りを肘で突き、賞状を読み上げるようジェスチャーを送った。

目の前でぴっと立ち止まったダミアンの見上げてくる瞳はらんらんと輝いていた。わけのわからなさよりも、息子の期待した様子に、ブルースは諦めの溜息をつくと、賞状を読み上げ始めた。


「私、ダークナイトは、ダミアン・ウェインをThe knight of the dark knightとして任命する。今後は私の心身を護るため全力を尽くすように。って、なんだこれは!?」

「はい!!俺は全身全霊を懸けてダークナイトを守ることを誓います!!」


こんな茶番、と普段ならば一括するブルースであるが、一丁前に胸を張っている我が子の可愛さに勝てるはずがなかった。


「こ…今後とも…宜しく頼む。ただし、一番は自分の身を守れ」


書かれていない言葉を付け足しダミアンに賞状を渡すと、ダミアンの顔が向日葵のように輝いた。その瞬間の嬉しそうな顔と言ったらなかった。

ブルースがガン見で脳内に焼き付けている間、アルフレッドは高性能カメラで激写していた。眩いフラッシュがたかさるのにも気づかず、緊張と喜びで一杯のダミアンは賞状をしっかりと握りしめお辞儀をすると、またカクカクとした足取りでケイブから出て言った。


「なんだったんだ、あれは…」

「前々からダミアン様はブルース様をご心配なさっていました。先日、旦那様がジャスティスリーグ関連の任務で怪我を負って帰ってきたことがありましたよね?ダミアン様はそれを大変気に病んでおりました。ですから正式にブルース様を御守りする職業に就いたのです」

「正式に……?嫌な予感がするのだが。具体的な活動はなんだ」

「恐らくジャスティスリーグにも付き添うものと」

「駄目だ!!あれは宇宙規模の活動だぞ!それにあれは異常者の集まりだ!どいつもこいつも普通の人間じゃない!」

「えぇ、それはわたくしもダミアン様も重々承知しております。ですから普通の人間であるブルース様がその場にいることが恐ろしいのです。JLの招集がかかるたびに、わたくしは心臓が止まりそうになります。ダミアン様もそうです」

「心配をかけてすまないとは思っているが……」

「やめろとは言いません。ですからこれがダミアン様にとっての妥協点なのです。バットマンを失うことは父をも失うことです。これ以上の恐怖があるでしょうか?」


ブルースは何も言えなかった。



翌日、ゴッサムをパトロールしている時だった。バットマンはロビンを傍に呼ぶと、その胸元にあるRのロゴの下にバッジをつけた。それには『TK of TDK』と書いてあった。丁寧にメッキ加工されたプラチナの土台に24金のロゴがあしらわれ、その端には海王石で作られたコウモリマークがキラリと輝いていた。どんなに凝り症な匠でもここまで完成度の高いものは早々作れるものではなかった。


「父さん、これ……」

「賞状だけじゃ周囲に証明の仕様がないからな」

「ありがとう……!!」



後日、ロビンの新バッジがニュースに取りた出されると、その日以降、安物の『TK of TDK』バッジが市民の間で流行り出した。ジョーカーに至っては、画用紙で『J of TDK(宮廷道化師=jester)』と胸に貼り付け、呆れてものも言えないバットマンに替わり、ロビンが強烈なキックでのした。

噂を耳にしたナイトウィングやレッドロビンもバットケイブに飛んできて、何故僕らにはバッジが無いんだと散々ブルースを攻めたて、彼を辟易させた。決定打になったのはゴードンの胸元で光る『F of TDK (闇の騎士の友達)』というバッジを目にしたことだった。

このままではジャスティスリーグに呼び出された時、ハル・ジョーダン辺りにとんでもないバッジを見せられるハメになるかもしれない。ブルースは本格的にどうにかしなければと思った。







バットケイブでは、ブルースがじりじりとダミアンを壁際に追いやっていた。


「ダミアン…」

「嫌だ!!」

「まだ何も言ってない」

「言われなくたってわかる!!父さんの手が伸びてきてるもん!これは絶対に外さないからな!」


ふーふーっと警戒する猫のようにダミアンは鼻息荒くブルースを睨んだ。

ブルースは昨晩、アルフレッドと徹夜で話し合った作戦を実行することにした。


「世間では、ロビンがバットマンの護衛になったと笑われている」

「“言わせておけばいい”っていつも言うのは父さんだろ!」

「あぁ、だが……ロビンには私の相棒でいて欲しいんだ。あくまでも対等な立場でいたいんだ」

「…対等?」


ダミアンの表情が和らいだ。アルフレッドの言う通りだとブルースは思った。

“ロビン達はバットマンに認められ、対等でいることを望みます。そこを突きましょう”

ここが突き時だとブルースは確信した。


「The knight of the dark knightの称号を取り上げる気はない。新たな任務を授けたいんだ」

「任務?」

「そうだ。私を護るという任務を秘密裏に行ってほしい。ディックがやっている潜入捜査のようなものだ」


兄弟の中で唯一心を許している長男の名前を出され、ダミアンの警戒心は更に解けた。


「お前にはロビンとして私のサイドキックを務めてもらいながら、TK of TDKとしての活動も秘密裏に進めてもらいたい。いいな?」

「いいけど……バッジ外さなきゃ駄目なの?」

「これに保管するといい」


ブルースが差し出したのは、これまた高級な素材で作られた世界に一つだけのケースだった。うまいこと言い包められている事はダミアンも薄々感じてはいたが、そのケースの側面に“親愛なる我が息子へ”というメッセージが彫られている事に気が付き、思わず手を伸ばしていた。


「良い子だ」


ブルースに頭を撫でられ、ダミアンはようやっと顔を綻ばせ笑顔を見せた。







テレビでは突如として消えたバッジについてニュースが流れた。

敵に取られたのでは?

その任を解かれたのでは?

消失した『The knight of the dark knight』のバッジについて様々な憶測が飛び交う中、それがダミアンのベッド下で大切に保管されている事は、少年とアルフレッドのみが知っていた。

2015/10/23 −The knight of the dark knight−





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