「ただいまブルース。いい子にしてたかい?足、痺れたよね。今、チェーン外してあげるね」
「………」
「今日はね、テロを防いだんだよ」
「……ゴッサムは?」
「この間ベインが暴れてたからアーカムに放り入れといた」
「……アルフレッドは元気か?」

外した足枷を乱暴に放り、クラークが盛大に溜め息をついた。
ブルースがびくりと身を震わせた。

「質問ばかりだね。おかえりも言ってくれないのに」
「……おか」
「今更遅いよ」

次の瞬間、クラークはブルースの首を締め頭上に持ち上げた。ただの人間にとっては一瞬で息が詰まる力だ。気が飛びそうになる寸前で手が放され、ブルースは床に崩れむせ込んだ。
クラークはそんなブルースを転がし仰向けにさせると、覆い被さり衣服を剥ぎ取ろうとした。抵抗するブルースの両手を、片手で一纏めにして押さえ込むと、もう片手でブルースの顔面すれすれに拳を振り落とした。
衝撃で氷で出来た床に亀裂が走った。
ブルースは横目でそれを確認しながら半年前の骨折のことを思い出した。クラークのその力強さによって右大腿部を折られたのだ。初めて犯された日に、こんな風に抵抗をして……


全ての衣服を脱がされ、今日もまた味わう己の無力さにブルースが諦めの境地に至った時だった。クラークはブルースの髪を鷲掴みにすると彼を引き摺り、外に放り出した。

外は極寒の地である。
ここ孤独の要塞は、ブルースの生存のため暖かな部屋が設備されてはいるが、一歩出れば北極の氷の上だ。雪表に打ち付けられたブルースが後ろを振り返り見たものは、クラークが笑いながら扉を閉める光景だった。

ブルースは分厚い扉を開けようとしたがそれはびくともしなかった。がちがちと歯がなり、体がエネルギーを消耗しようとシバリングを始めた。全身のこの震えが止まれば死ぬということを彼は知っていた。
「く、く、くら、く、ああ、あけて、あけてく、れ、くら、く、」
呂律が回らなくなり、意識が朦朧とし始めた。急にもうどうでもいいと思えた。死んだっていいと。だがどうせ死ぬのであれば、ここから少しでも離れたい。ゴッサムに帰りたい。アルフレッドに会いたい。
その一心でブルースは渾身の力を込めて動き始めた。
目の前はブリザードの吹き荒れる真っ白な大地。
筋肉が寒さで硬直し思うように動けない様は、這いずるよりも酷い有り様だった。寒いが痛いに変わり、そしてその感覚さえも薄れ、もはや自分の体が生命体ではなくただの鉛のように感じた。目を開けている事さえも出来なくなり、ついにブルースの意識は途絶えた。




気がつけば暖かなベッドの上で、緩やかに天井が揺れていた。次第にクリアになっていく視界の端で、自分の脚が宙でゆらゆら揺れているのが見えた。

「暖かくなってきたかい?」

声の先を辿れば股の間にクラークがいた。彼は全裸でいきりたった自身のモノをブルースの体内に突き入れていた。

「君が死んじゃうかと思った。ブルース、どこに行こうとしてたの?心配させないで」
「…ぁッ…」
「僕のそばが世界で一番安全なんだよ」

ブルースはきつく瞼を閉じ、情報を遮断しようとした。クラークはそんな彼の瞼を舐めたり、形のよい鼻を噛みながら、陰毛を擦り付け深い挿入を始めた。
密着させようと膝をさらに折り曲げられ、ブルースが苦し気な呻き声を上げたが、クラークは乗り掛ると勢いに任せて腰を打ちつけ始めた。

「あ゛っ、あ゛ぁッ…ア゛、ンぅ、うっっあ゛…!!」
「ブルースの中、まだ冷えてるね。一杯注いであげるから、ちょっと待っててね」
「はっあ゛、ぁあ!……ぐっ…、んぁ゛く゛る…しぃ……う゛ぅっ…!」

カリが絞括筋に引っ掛かり、ピストン運動の度にブルースの身体は引っ張られ持ち上がった。内臓を体外に引きずり出されるような感覚に吐き気が一層強まり口元を押さえた。気持ち悪さが胃と食道を駆け回る中、ただただ吐かないよう耐えるしかなかった。

激しい揺さぶりが止まると同時に、体内で熱い液体が広がった。別の吐き気が込み上がる中、自身の上で恍惚の笑みを浮かべるクラークから目を逸らし、ブルースは氷の天井を恨めしそうに睨みつけた。



性交が終わった後、ブルースは浴室に連れてこられた。
バスタブの中、背後から抱きすくめられる形で、彼はアナルに指を入れられ中を掻き混ぜられていた。湯面に吐精された名残が漂っているのを目にし、ブルースは眉を顰めた。
「ブルースごめんね……僕、君が困ってるところを見ると堪らなくなるんだ。僕が助けてあげなくちゃって……ねぇ、おかしくなっちゃったのかなぁ……こんなに愛してるのに……大好きだよ…ブルース」
首筋にキスを落とされ、時に吸われながら、ブルースは唇をきつく噛み締めた。胸中では様々な思いが駆け巡っていた。

“あぁ、お前はおかしくなったよ。生き返ったと思ったら、戦友を拉致して、愛してると告げ、こんな行為を無理強いしてくる。これのどこが正常なんだ”

黙っているブルースに何を勘違いしたのか、クラークは首筋に顔を埋めると「許してくれるのかい?優しいね、僕のブルースは」と耳の穴に舌を入れ始めた。
嫌悪に顔を歪めるブルースの表情はけしてクラークから見えない位置にあったはずだが、その雰囲気を察してか、クラークは突然ブルースの耳たぶを強く噛んだ。

「つっ!!何をするんだ!」
「ブルースが悪い子だからでしょ」
「何もしてないっ」
「嘘つきにはお仕置きが必要だね。今日はどうしようか?んー、そうだなぁ。僕が出掛けている間、ずっとここに咥えててもらおうかな?」

クラークはそう言うと、ブルースのアナルを拡張させるかのように拡げた。

「……ぁ……ぃやだ……よしてくれ……今日はもう……」
「僕のより小さいのにしてあげるよ。絞まらなくなったら大変だしね」
「……無理……だ…っ、クラーク……」

ブルースの懇願が聞き入れて貰えるわけもなく、寝室で身体を拘束され、バイブを挿入されると、そのままクラークは出て行ってしまった。


彼が解放されたのは、クラークが帰ってきた15時間も後のことで、バイブの電池はとっくに切れていた。クラークは帰ってくるなり、放心しているブルースの酸素を更に奪うようなキスをした。
「おしっこ漏らしちゃったのかな?」
焦点の合わない目で宙を見ていたブルースだったが、その言葉を聞いて我に返ると、かっと頬を染めた。

拘束される時のパターンは二つあり、現在のように身動きが取れないよう固定される時と、ある程度部屋を歩き回れる長さの鎖を付けられる時があった。後者であれば排尿の心配はないのだが、時折行われる前者では、しばしばこのような失態をせざる負えなかった。

クラークの言葉に何も返答できず、潤んだ瞳でそっぽを向いたブルースを怒ることなく、クラークは逆に微笑むとバイブを抜き去りポカリと開いた充血した穴を舌でなぶるようにしてしゃぶった。
「いや…だ………」
「声、掠れてるよ。あぁ、のどが渇いたんだね?」
クラークはコップ一杯の水を持ってくると、ベッドに縛り付けられ上を向いたままのブルースの口元にそれを傾けた。必然的に水は顔全体にかかり、鼻腔から入った水でブルースは激しくムセた。
「あ〜あ、酷いな」
クラークはシーツを取り替ると、服を脱ぎブルースに覆い被さった。しばらくしてセックスが開始されたが、ブルースには抵抗は元より叫ぶ体力もなく、ただガシャガシャと鎖を鳴らしながら揺さぶられるしかなかった。

なぜこんな事になったのだろうという答えの出ない問いを今日も考えながら、ブルースは瞼を閉じた。



ことの発端は今から半年前。

真夜中のゴッサム。ガーゴイル像に座るバットマンの前に現れたのは死んだはずの超人だった。その顔は、夜目に馴れているブルースでも何故か見えにくかった。
『ただいま』
そう告げてきたクラークの声は静かだった。

目の前の光景が信じられずブルースが言葉を失っていると、クラークが唐突にその手をとった。間近で見たクラークの顔は、口元だけが異様に横に伸びた不気味な微笑みだった。狂気という言葉が浮かんですぐ、ブルースは痛烈な痛みを感じた。そこで意識は途切れ、目覚めた時には孤独の要塞にいた。

『何故生きている?!』『今までどこにいた?』『一体何があったんだ?!』
ブルースの問いにクラークが答える事はなかった。それでも監禁された当初、ブルースはクラークが洗脳されていると疑い『目を覚ませ!』『正気に戻れ!』と懸命に説得をした。
けれどもクラークは嬉しそうにその言葉を聞き『君は優しいね』と微笑むだけだった。その頃は暴れるブルースを大人しくさせるために振るわれていた暴力であったが、とある日を境にその頻度は急激に増え、突発的に振るわれるようになった。

その引き金となったのは『こんなのはお前じゃない!』というブルースの言葉だった。それまでニコニコと笑っていたクラークの表情が消え、沈黙の後、彼は怒声をあげブルースを殴り付けた。

『君まで僕を否定するのか?!君の思う僕って何なんだ!?僕は僕だ!!』

殴打の衝撃で気を飛ばしてかけているブルースを掴み『どうして皆、自分勝手なんだ!誰も僕をわかろうとしない!』と怒り叫ぶと、更にブルースを殴りつけた挙句服を剥ぎとった。必死で抵抗するブルースの右大腿部を折り、彼が泡を吹き気絶するまでレイプした。僕を見てて、僕から離れないで、そんなクラークの言葉を最後に意識が飛んだ。

数日後、ブルースの身体の一部は紫色の斑模様になった。それを『美しい』とクラークに称された時、ブルースは言葉の一つも出なかった。ただ頭に浮かんだ事はクラークは完全に壊れているという事だった。





とある日、クラークは要塞に帰ってくるなり、恐ろしい形相でブルースに迫った。後退りをするブルースを掴み壁に叩きつけると牙を剥くようにして吠えた。

「ロイスが泣いて僕を呼んでいた!!可哀想に!!彼女が傷つく必要なんてないのに!!」

唖然としているブルースを数発殴りつけ、クラークはより一層怒鳴り声を張り上げた。

「僕は彼女をあんなにも愛していたのに、お前が現れたせいで壊れたんだ!!お前ら人間のせいで全てが狂った!!お前がっ、人々がっっ、人間どもが!僕の未来を全て奪った!!!」

痛みに悶えながらも次の振りが来ないようブルースはクラークの腕を掴んだ。必死のそれをクラークは容易に振り解くと、ブルースの顔面を殴った。
嫌な音がし手が離れた。

「僕は死んだ…っ僕の全ては終わったんだ………。僕に関わるロイスも…母も…、僕と関わりさえなければ幸せに生きていける。そんなのわかってる!!でも、僕の幸せは?僕はどうなる?!僕は宇宙人というだけで幸せの権利を失った!!人々の幸せを願って尽してきたつもりだったのに!!でも、僕のせいで沢山の人が死んだ………、僕のせいで…僕が殺した…僕が…っ」
「く、クラーク…」
「じゃあ僕はどうしたら良かったんだ!?僕に何ができた!?出来るだけのことはしてきた、でも足りないと人は言う!神になんてなれない!なりたくもない!!もう限界だっっ!!なぜ僕だけが責められる?!!なんで僕ばかりがっ!!!」
「クラーク……っ、落ちつけ」
「うるさいっっ!!僕に指図するな!!あの公聴会のこともそうだ!行かなければ良かった!!僕が行かなければ…。違う…僕のせいじゃない…僕が殺した…ちがう、ちがう…っ、元はと言えばお前の社員のせいで…違う…彼も犠牲者だ…僕が生み出した…うぅっ悪いのは誰だ…?僕…か…?
うぁぁあ゛あ゛あっっ!!!」

クラークの腕が振り下されたが、ブルースはあえて庇うことをしなかった。衝撃音の後、ブルースが目を開くと真横の壁が崩れていた。クラークが意図的に逸らさなければ死んでいた強さだった。

「頼む、聞いてくれ。彼の事は…俺が悪かった。彼やその家族を見殺しにした俺の罪だ」
「……本気でそう思ってるのか?」
「あの場で起きた悲惨な出来事はお前だけの責任じゃない」
「でも、その言い方だと僕のせいでもあるって聞こえる。凄いね、君。死にたいの?ん?」
「クラーク…お前もわかってるんだろう。だから苦悩している。お前にも、俺にも、いや誰しもが、行動には責任が付いて回る…善行だろうと悪行だろうとそれは変わらない。ただ…お前は強大な力がある分その責任も重い。それが辛いのは、よくわかる…」

怒りに煮え立っていたクラークの瞳が落ち着きを取り戻し始めた。

「あぁ………ぁあぁ………やっぱり……僕をわかってくれるのは君だけだ……。僕を崇めず…恐れず……守ってくれる………ぼくの味方…、僕のブルース…」

クラークの危うかった焦点が鼻血を垂らしているブルースをしっかりと捉えた瞬間、彼は急に震えだし顔は青ざめていった。

「僕は何てことを……っ、痛かったよね。ごめんね……ごめん……もうこんな事しないから。君のせいじゃないってわかってるのに…っ!ロイスの事ももう関係ない。君を一番に愛してるから安心して」

ブルースを大事そうにベッドまで運ぶと、クラークはまるで人形を手入れするかのようにブルースの髪を手櫛でとかしたり、自分が殴った箇所を優しく撫でた。

「僕のブルース…愛してる。君だけは僕を見捨てないで…僕を責めたりしないで…っ………ずっと傍にいて……」

ブルースは止まらない鼻血をシーツで押さえながら、じっと様子を伺っていた。出来ることなら、その手を払いのけて噛み付いてやりたかったが、ようやく落ち着かせたクラークに対してそうすることは懸命ではないと我慢した。わざわざ傷を増やし衰弱する事は避けたかった。

他にも邪険にできない理由は幾つかあった。
最たる理由は、この暴力的な支配が自分以外の人々に向かない為だった。特にロイス・レインに関してはクラークの口からその名が挙がる度に背筋がぞっとした。矛先が彼女に向かないよう誘導するには、高確率で血を流す必要があったが、それでもブルースはこの環境下に置かれて早々に、人々が超人に脅かされない為の“生け贄”となる覚悟は出来ていた。

そして別の理由として、同情にも似た気持ちが湧いているのも事実だった。クラークの苦悩は、ブルースにも覚えがあるものだった。理解できるという言葉は嘘ではなかった。だがそれが、クラークが関わった全ての出来事に対しての免罪符になるわけではない事もわかっていた。ましてや狂っている今のクラークがどれだけ人類にとって危険なのかも。

深刻な顔のブルースとは変わり、クラークは先ほどの事など忘れたかのような明るい声を出した。

「この間デイリープラネットの新聞を見たらね、僕の亡霊について記事が書かれてたよ。はは、馬鹿みたいだ」
「お前が生き返った事は誰も知らないのか?」
「目撃はされてるようだけど、公の場に出ることはしてない。面倒な事に巻き込まれるのはもう御免だからね」
「クラーク、お前が死んで大勢の人々が嘆き悲しんでいた。人類はお前の敵じゃない」
「でも味方でもない」
「だが人々は変わった。俺もだ。バットマンの在り方を見直した。あの焼き印も…ルーサーにつけなかった。お前の正義を…意思を継ぐことを誓ったんだ」
「そんな事どうだっていいよ。そろそろ黙ってくれないか。今日はもう君を殴りたくない」
「………っ」
「堂々巡りは疲れたんだ。味方か敵か…正義か悪かなんて、人によって見方は変わるし、状況によっても変わる。それを常に評価されて生きるなんて……地獄だ。それなら死んでいた方がいい、少なくともこの星ではね。新しい人生は僕のしたいようにする。誰の意見も聞かない。亡霊の言いなりにもならない」
「クラーク……」
「そういえばワンダーウーマンが君の心配をしていたよ」
「彼女はお前が生き返ったことを知ってるのか?!」
「あぁ、喜んでくれたよ。僕がいなかった間にフラッシュが仲間に入っていたんだね。今は僕等で仲間を捜している。彼女、君の事も捜しているんだって。でもそれって見当違いだと思わない?」
「は……?」
「だって、君は僕とこうして暮らしてるわけだし。それなのにまるで誘拐されたみたいに騒ぎたてて。もしかして彼女、君に気があるのかな?」
「…それはないだろう」
「いや、そうとも言い切れないよ。彼女、現れた時も君のことを守っただろ?」
「それは俺が人間だからだ」
「…そうかもね。ただの人間だもんね。僕らとは違う。脆いちっぽけな存在だ。守られることが当たり前だと思ってる図々しい生き物。そのくせ傲慢で、地球上で一番価値ある生物は自分達だと勘違いしている」

クラークの声色が冷たさを帯びてきたのに気がつき、ブルースは無意識に身を縮め防御体勢をとった。今日に限らず、クラークのスイッチは突然切り替わる事がある。過去に幾度か死ぬ寸前まで嬲られた事があってから、それはブルースの自覚がないうちにトラウマになっていた。

「管理していいだけ利用して、言いなりにならなければ危険物扱いだ。糾弾し迫害し殺そうとする。それが人間どもの遣り方だ。君だって僕を殺そうとした……ねぇ?」
「……」
「でもいいよ。仕方がなかったんでしょ?君も犠牲者だ。まさしく人身供犠!可哀想なブルース、こんなに尽くしているのに、市民は君を愛してくれない。ゴッサムは君を助けない」
「……それでもいい。俺が勝手にしていることだ」
「僕もそうだった。結果、この様だ!僕らが助けた人々はただ弱いだけの人間で、別に善人じゃない。だって僕を助けてくれなかった!!」
「人を……選別して助けるとしたら、それはもうヒーローじゃない。お前が嫌う政府と同じだ」
「あぁ、五月蝿い!!もう聞きたくないよ!あんな街を守る必要なんてないし、そもそも殆どの人間に価値なんてない!僕が人間共に喰い殺されたように、いつか君も殺される!僕は君を心配しているんだよ」
「だからって……」
「何?」
「……………なんでもない」

心配の形が“監禁”ならば、もうその思考回路は狂っているとブルースは思った。けれどその言葉は紡げなかった。言ったところでクラークにはもう響かないと知っているからだ。飲み込んだ言葉は胸の中でくすぶり、殴られた箇所が熱く痛んだ。





殴る手で優しく撫で、罵倒する口で謝罪し愛を告げる。同じ男から成される両極端の事象は、ブルースの肉体と精神を疲弊させていった。そして時折みせるクラークの苦悩の叫びが、情を捨てきれないブルースの心を最も磨り減らせた。日々日々、クラークに逆らう気力は減っていき、それを情けないと思う気持ちも鈍麻してきていた。


とある晩、クラークは殊更優しくブルースを抱いた。端から見れば優しく甘い関わりだった。行為が終わったあともクラークはブルースを腕に抱え込み、首筋や耳裏にキスを降らせていた。

「ずっと思ってたんだけど……ブルースってさ、不能なの?」
「お前に逆らう気などない……」
「いや、そういう意味じゃなくて、ここだよ」
そう言うとクラークはブルースの萎えたペニスを握りやわやわと愛撫をした。
「な、にを」
「だってセックスで君がイッたところを見たことがないもの」

それもそのはずだった。
屈辱でしかないこの行為に快楽を感じるわけが無かった。その上、ストレスで自律神経が乱れている今、身体が興奮状態になる事もなかった。しかし、だからこそブルースはレイプに耐えられた。一方的な暴力で片付けられるからだ。これでもし身体が反応してしまえばプライドの高い蝙蝠が受けるダメージは相当のものだ。それはブルース自身よく分かっていることだった。

「ねぇこれ。効くって聞いてさ」
クラークが取り出した小瓶の液体は所謂“媚薬”と呼ばれる代物だった。見る間にブルースの表情が青褪めた。
「い、嫌だ……っ」
「そんなこと言ったって、ブルースだってイケないと辛いでしょ。一緒に気持ちよくなりたいんだ」
「そんなの使わなくても……俺は十分に満足してる」
「ふふ、可愛い事言うね。でも君がイクところを見たいんだよ。きっととびきり可愛い……」

ベッドから飛び出ようとしたブルースを押さえつけ、クラークはブルースの尻を高く掲げ四つん這いにさせた。先程の行為で拡張していたアナルはクラークの指で簡単にぱくりと開いた。ブルースは必至に声を張り上げた。

「嫌だっ!頼む、クラーク!!やめてくれっ」
「大丈夫、すぐにヨくなるよ」

無情にもブルースの穴に瓶が挿され、冷たい液体が流れ込んでいった。自然の流れに逆らって侵入してくる得体の知れないものに、ブルースは叫ぶのを止め硬直していた。

直腸からの吸収は早い。しばらくしてブルースの腰がかくかくと震え、崩れ落ちそうになった。クラークはその腰を軽々と持ち上げると、抱き抱えたままブルースのペニスを手淫した。鈴口が呼吸する金魚のようにパクパクと開き、白濁液がちろりと漏れ始めた。ブルースの四肢は脱力したようにぐったりとし、もはや自分では動かす事ができなかった。紅く熟した棹を絞り出すようにクラークが握った瞬間

「いっ、あ゛…だめっだ!やぁ、やぁあ゛ぁああ゛ぁあっ!!」
数ヵ月まともに放ったことのなかった精液がびゅるびゅると飛び散った。
「ぁ…あぁ…あ…っあ…」
びくびくと痙攣しながらブルースが喘いだ。

クラークは歓喜にうち震え、ブルースへの愛撫を一層激しくした。言葉にならない声を上げながら身を捩るブルースを逃がさないよう四つん這いにさせ背後から覆い被さると、猛った己を挿入した。
クラークが腰を打ち付ける度にブルースの反り立っているペニスが腹に当たり、ぴちぴちと弾ける水音を立てた。その衝撃だけで気持ちが良くてブルースの内腿がぴくぴくと痙攣した。断続的に吐き出されるザーメンがシーツを湿らせていった。

「気持ちいいよブルース。君も言って」
「……うっ、あッ‥ん」
「言え!!どう?感じる?僕のは気持ちいい?」
「……あっ…んぅ、きぃもちぃ……」
「ふふ、そう…良かった。ここはどうかな…?」
「…ぃやぁ、そこ、や、めぇっっあぁあ゛ァァ゛ぁあ゛あ゛アっ!ぃ、で、でるっ!う゛ぅう……っ!!」
「あはは、凄い声だね。ここ、ぷっくり膨れてるよ」

クラークは腸内の前立腺を見つけると、その場所を執拗なほど亀頭で責めたてた。

「ひゃぁあ゛!!ぃあ゛っ、アァ…い゛ぐ…っあ…あつ゛い、ぁっ、ぁん…ッアァっ」
「どこをどうして欲しいの?熱いのはどこ?」
「あっ、ぁぁあ゛……!!あぁ゛……もっとぉ、奥っ…んぅ…深くぅ…!!」

体と心がバラバラに離れていく感覚の中で、ブルースは自分の口から溢れるみっともない言葉をどこか冷めている頭の片隅で聴いていた。それは現実味のない日々の中で、最も非現実的に思えた。

ごりゅっと一層奥を突かれては、ぎりぎりのところまで引き抜かれるその衝撃と、カリが前立腺を引っ掛けていく快感に、ブルースのペニスが生き物のようにびくびくと跳ね、精液が辺りに飛び散った。

「あはっ。ブルース、中イキしちゃったね。凄いや、まだタラタラ出てるよ」
「っ…あ゛ぁ……ぁ………」

クラークは胡座をかくと、自身の上にブルースを乗せ、繋がったまま向き合った。深くペニスが刺さらないよう、ブルースはクラークの肩に手を置き、必死に身体を突っぱねようとした。

「どこまで頑張れるかな?」

クラークはブルースの裏筋や睾丸を撫でるような弱さで触れた。表面に走る快感にブルースの腰がびくびくと震え、少しずつ重心が下がっていった。そうなると次に待つのは腸内への刺激で、ブルースは「ひぃ」と声を漏らし身悶えし、脱力により更に身体が落ちていく悪循環に陥っていた。

「ブルース、もっと頑張らないと。このままじゃ完全に僕の上に座っちゃうよ、さぁ立って」

そう言いながらも、クラークはブルースの性器を触る手を止めなかった。結局、ブルースは耐えきれなくなり、がくりと膝を折った。クラークのペニスが身体を貫いた。
「ア゛ッッあ゛あァアあ゛ッーーー…!!」
脳天まで突きぬけるような強烈な快感にブルースはしがみ付きながら吐精をした。

その後も、体位を変えながらブルースの精液が出なくなるまで行為は続けられたが、快楽だけは途切れる事なく、ブルースはドライオーガニズムを数回体感し絶叫したのち、糸の切れた人形のようにシーツに崩れた。
だらしない口元から涎を垂らし、ぴくぴくと下肢が震えているブルースのアナルからは、止めどなくクラークの精液が流れ出していた。クラークは堪らなく幸せだった。ブルースを愛おしそうに抱き締め、何度も何度もキスをした。

その日以降、ブルースはセックスを極端に怖がった。媚薬を使われそうになった2回目の夜、ブルースは久し振りに必死の抵抗をした。文字通り死に物狂いの抵抗の結果、寝室は血みどろになりセックスどころではない惨状と化した。これにはクラークも参り、しばらく媚薬は使われなかったが、ブルースの怪我が治ってすぐに媚薬を使われ、ブルースはまたしても強制的にイカされる羽目になった。



監禁生活が10ヶ月以上を過ぎたある日、浮かれた様子でクラークは帰ってきた。
この頃には、ブルースが抵抗らしき抵抗をする事はなく、日がな一日放心している事が増えた。そうなったのには媚薬に含まさっていた質の悪い合成麻薬の影響もあった。
ブルース自身、自分が何をされ、何を思い、何を考えるべきなのかがわからなくなってきていた。そんな脳味噌でも頭によく浮かぶのは、ゴッサムにいる執事の事だった。彼の存在がブルースをどうにか保たせていた。いつかここから出て彼に会うという目的だけが、自害せずに生きてこれた理由だった。

「今日はお土産があるんだよ。いつも一人で留守番して可哀想だと思って」

ぼうっとした眼差しでブルースはクラークの手元を見た。クラークが閉じていた両手を開くと、そこには美しい羽根をした小鳥がいた。が、ここに来るまでの間の寒さで鳥は硬直し死んでいた。ブルースは眉を顰め、顔を反らした。

「あ……ぁあ…………死んでる……、そんな……」
「クラーク?」

クラークの手が震え、小鳥がポトリと落ちた。

「君の駒鳥が……こんなつもりじゃなかったのに…君の子が……僕達の子供が……」

ブルースは目を見開きクラークを凝視した。その顔は冗談を言っているようには見えなかった。それが返って恐怖心を沸かせた。
突然クラークはブルースを掴むと、彼を引きずり寝室に投げ込んだ。覆い被さるクラークの瞳に恐ろしい色が宿ったのを見て、ブルースは思わず息を呑んだ。

「赤ちゃん作ろう、ねぇ」

その言葉が意図する事を嫌というほど理解していたブルースは、抵抗することなく自ら服を脱いだ。下手に抵抗をすれば媚薬を使われる確率が高いと判断しての行動だった。もうあるかないかほどに踏みにじられたプライドではあったが、それでも媚薬はブルースにとって耐えがたい屈辱だった。

ブルースは全裸になり、股を開き、目を閉じた。クラークが覆い被さるのを待ってたが、その気配がいつまで経っても訪れない事に違和感を感じ目を開けた。股の間に鎮座しているクラークは無表情で目が座っていた。ブルースの脳が警告音を上げた。体が反射的に逃げ出そうとしたが、それよりも早い速度でクラークはブルースの膝を押し開くと、手に持っていた鳥の死骸をアナルに突き入れた。

「痛いっ!!く、クラーク!?」

ブルースの穴から血が溢れた。痛みよりも異物が体内に侵入する得たいの知れない恐怖に戦慄き、下肢をばたつかせ抵抗した。

「い゛た゛ぃ、痛いっ!!やぁあ゛、や゛め゛ろ!!」

クラークが小鳥を強く握りながら押し込もうとするたび、鳥の骨が折れる音がした。シーツはブルースと小鳥の血で紅く染まっていった。

「いぁあ゛ぁ!ぃや゛だぁあ゛ぁ」
「ブルース、暴れないでよ。ママになるんだよ!もっと喜んで、ほら」
「いだい゛っっ抜いて!抜いてくれっ!!クラーク!!クラァア゛クっ!!!いあ゛ああ゛っっ!!」



翌日、ブルースは40℃近い高熱を出した。腸内がクチバシと羽根で傷つき炎症を起こしのだ。
喘ぐブルースをクラークは辛そうな顔で看病した。「ごめんごめんね、死なないでくれ」と何度も繰り返し謝ったが、ブルースには答えられる気力はなかった。

「はぁ……はぁ……」
「ブルース、医者を連れて来ようか?」
熱に茹だる頭では何も考えられなかった。こんな時いつも看病してくれるのはアルフレッドで、隣にいるクラークがブルースには執事に見えた。
「ア、ル……」
ブルースは思わず手を伸ばしていた。その手をぐっと強く掴み返され、執事との違いに意識の焦点を現実に戻した。
「アルフレッドさんに逢いたいのかい?」

心臓が止まりそうになった。
ブルースは首を横に思い切り振り否定を表した。振動で脳が揺れ眩暈を感じた。Yesと答えればこの男はここにアルフレッドを連れてくる気がした。もしそうなれば、この環境でアルフレッドが生きられる期間は短いだろうことが予想できた。ブルースに病的に執着するこの男が、他人を長く側に置くはずがないだろうし、アルフレッドが主人を護るために闘うことは目にみえていた。

「逢いたくないの?どうして?アルフレッドさんが好きなんじゃないの?」

ブルースの唇が音もなく震えた。言ってはいけないと思った。唇を強く噛み、ぎゅっと目を閉じた。瞼の裏でアルフレッドが微笑んでいた。マスター・ウェインと呼ぶ声がした。
『大丈夫ですよ。ずっと御傍におります』
生まれた頃から大人になる今に至るまで、彼は常にそう言ってくれ、そして誰もがブルースの元を去る中、唯一今も傍にいてくれる人だった。親であり友であり相棒であり、それ以上の存在だった。ブルースにとって最も大事なその人を、愛していないわけがなかった。

「アルフ…っ!」

ブルースの唇から言葉が零れ、それは涙と共に止まらなくなった。ここに連れて来られてからずっと我慢していた涙腺が遂に切れた瞬間だった。
「っ……かぇ…帰りた…ぃ……っア゛ルフレッド……アル…っ」
クラークは困ったようにブルースの髪を撫でながら「そんなに帰りたいの?」と尋ねた。ブルースは幼子のように頷いた。

「帰る場所が無くなってても?」



「………ぇ」



「ねぇブルース。ゴッサムがもう無いとしたらずっと此処にいてくれる?」
「ど……いう…こと…だ……?」
「君の愛する街も、人々も、全て無くなったら、君は僕の傍にずっといてくれる?僕だけを愛してくれる?」
「……ま…さか貴様…!何をした!?あの街にっ、俺の…俺の家族にっ!!アルフレッドはどうした!?」
「ブルース落ち着いて、熱が高くなる」

掴みかかってきたブルースをクラークは押さえ込むように抱き締めた。ブルースは渾身の力でクラークの背中や頭を殴った。それを交わすことなく、一身に身に受けていたクラークだったが、突然、どこか別方向を見て固まった。耳を澄まし何かを聞き取ろうとしている様子だったが、ブルースにはそんなことは関係なかった。

「……ブルース、ここにいて」
「どこに行くつもりだ!?」
「ごめんね。今の君は怪我をしそうだから」

クラークは殴りかかろうとしてくるブルースを片手で押さえ込みながら、もう片手でベッド柵についている鎖を手繰り寄せ、それをブルースの両手首にくくりつけると、ヒートビジョンで溶接し、工具でなければ外れないようにした。
下肢も同じように拘束されている間中、ブルースは怒りに血走った目をし、口角から泡を飛ばし罵りの言葉を叫んでいた。

「ブルース、愛してるよ……心から…本当に…」
「お前なんぞ大嫌いだっ!!くたばれっ!!」

クラークは驚きに一瞬息を止めた後、悲しそうな目でブルースを見詰めた。

「それでも僕は愛してるから……」

彼は風のように飛び去った。残された基地でブルースの咆哮が響いた。

「許さないっ!!クラ゛ァァアクっ!!!くらあ゛ぁぁぁあ゛あああ゛あぁぁぁぁぁぁああ゛ああ゛あ゛ぁぁっぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー」





二日後、ブルースはワンダーウーマンとフラッシュによって衰弱しきった状態で保護された。

ベッドにくくりつけられ死んでいるような姿と、その部屋から感じられる監禁で何が行われていたかわかる状況に、陽気なフラッシュも口を閉ざさる負えなかった。落ち着いていたのはワンダーウーマンで、一見死んだように見えるブルースの生を確かめたのも彼女だった。実際のところ驚くこともできなかったのが事実だったのだが。
生命危機にある状態だと判断し、その場で治療を施しながら、二人は溶接されている手枷を外していった。

ブルースが薄く眼を開けたのは2時間後のことだった。既に場所はジェット機の中であり、アルフレッドが待つウェイン邸へ向かっている最中だった。

「ブルースっ!わかる!?」
「…ぁ……だ……うぅ…ま…ん…?」
そうよと答えた瞬間、ワンダーウーマンの目から涙がぶわりと滲み零れた。
「ブ、ルース…っ良かった…、大丈夫…もう大丈夫よ!辛かったわね…っ」
「ぁぃ…つ………は…?」
「彼ならいないわ」
「ゴ……サ……ムは……?ぶ……じ…………か?」
「街は大丈夫よ。彼が…救ってくれたの」

ブルースはその言葉の意味がわからず茫然とワンダーウーマンを見つめた。隣にいたフラッシュが口を開いた。

「ドゥームズデイが復活したんだ。スーパーマンが生き返ったんだから、奴も再生しないわけがない。そう予想して事前に対策をとっていたから被害は最小限にとどめることが出来たけど…倒すにはスーパーマンの犠牲が必要だったんだ。彼はそれを理解した上で協力してくれていた。スーパーマンはドゥームズデイを連れて大気圏を越して……それから帰ってきてない」
「彼の遺した言葉が“孤独の要塞に行け”だったの………まさか貴方がここにいるなんて……。ブルースを見つけれて嬉しいけど、でも…何故こんなことに……彼に裏切られた気持ちで……何て言うか……混乱してる……」

仲間の困惑と憐れみの眼差しに、ブルースはさらに自分が惨めになったように思えた。何も見たくなく、何も感じたくはないと、きつく目を閉じた。





それからの日々も、ブルースにとって平穏とは言えないものだった。クラークがつけた爪痕はブルースの内側深くまで到達しており、それは彼の日常を大きく狂わせた。太陽の光を見ただけでフラッシュバックを起こすためブラインドを締め切り、引き籠る生活をしていた。

そんな中でアルフレッドの存在だけがブルースの糧だった。主人が何をされたのか、傷を診てくれる彼が気付かないわけがなかったが、それを必要に尋ねる事もなく、キズモノに触れるような、よそよそしさもなかった。合成麻薬の離脱症状で苦しみ狂うブルースにも怯む事なく付き合った。
以前と同じように軽口を叩き、世話を焼いてくれる。それはブルースにとって何よりも有り難いことだった。自分を懸命に探したであろう形跡をケイブで見つけてからは、ブルースは執事の為にも立ち直る決意を強く持った。

その結果、半年後には仕事にもある程度復帰し、ジャスティスリーグにも近日中に顔を出す予定でワンダーウーマンと連絡を取り合うまでになっていた。

それでも心に残っていたのは、死んだクラークの事だった。“死”はその人を美化させるというが、そうではない。クラークが死んだからといって怒りが消えたわけではなかったが、彼の抱えていた苦悩を考えるとブルースは辛くなった。
神に近しい能力があろうとも心は常人だ。人間の欲は尽きない。善人がゆえに、それを真正面から受け続けたクラークにはどれだけの拷問だっただろうか。彼がどんな想いを抱え成長し、傷付き狂っていったのか、そしてどんな気持ちで再び大気圏を越えて逝ったのか、想像に耐えがたかった。
「救えなかった」とクラークが泣き叫んだ幾つもの命があった。同じような経験はブルースもしてきた、そして今もまた一つそれが増えた。

“クラーク・ケントを救えなかった”







季節がいくつか過ぎ去り、元の生活にようやく戻れてきた頃、彼は唐突に訪れた。

「やぁ」

クラークだった。寝室に現れた男は以前よりも更に異質な空気を纏い、満面の笑みを浮かべていた。ブルースは瞬時に携帯しているクリプトナイトを取り出し、盾のように突き出した。

「嬉しいなぁ。僕のためにずっと用意しててくれたんだね」
「近づくな」
「どうして?プレゼントを受け取らないと」
「やめろ!!これ以上俺に近づ…」

そこでブルースの言葉は途切れた。平然とクラークがそれに触れたからだ。

「君にはずっと言ってなかったけど…生き返ってからクリプトナイトへの耐性が付いてたんだ」
「そ、んな……っ」
「迎えに来るのが遅くなってごめんよ。今まで沢山の星を救っていたんだ。ねぇ褒めて。君が喜んでくれると思って頑張ったんだ」
「その為に……幾つ星を壊して、何百の命を殺めてきた?」
「さぁ?そんなの数えてないよ。なんで?」
「……っ」
「ねぇブルース、地球よりもっと良いところを見付けたんだ。僕らそこで一緒に暮らそう」
「い、嫌だ……」
「幸せになろうね」
「クラー……ク……、お前本当に…クラークなのか…?」
「はは!おかしなことを言うね」

笑みを浮かべるその顔は紛れもなくクラークであったが、その皮膚の下は血も肉もなく虚無だけが広がっているようにブルースは感じた。

「さぁ、行こう」
ブルースは掴まれた腕を反射的に引こうとしたが、必死さをも感じる勢いで強く握り返された。
見上げれば悲しげな瞳があった。

「ブルース……」
「断ったらどうする気だ?」
「………わからないよ……でも、僕は一人ぼっちになる…」
「地球ごと破壊するのか?」
「なんでそんな風に言うんだい…?傍にいて欲しいだけなのに…。孤独の怖さ…君ならわかってくれるよね…?…ブルース……僕を一人にしないで」

輝きに満ちていた在りし日の男は、もうそこにはいなかった。いるのは哀しみを抱えた男だけ。
ブルースは気が付いた。
明朗で高潔だった太陽のようなヒーローは、空の棺の中で死んだままなのだと。
では今、目の前にいる男は誰なのだろうか?拠り所がなく苦しみ彷徨っているこの男は……?孤独に怯え…世界を憎み…絶望の淵で助けを求めている………
その姿はまるで、両親を喪い子供時代を亡くした自分のようだった。

ブルースの脳裏にそんな少年を救ってくれた唯一の人が浮かんだ。自分の人生を犠牲にして少年の為だけに生きる道を選んだ人。その存在は神よりも尊く、どれほど大切であるかをブルースは痛いほど知っていた。
だから……

「辛かったな」

クラークの表情がピクリと動き、手が離れた。その顔はどこか戸惑っているような、酷く人間くさいものだった。ブルースは自分からクラークの手を掴み直した。

「大丈夫だ。傍にいる……ずっと」

窓の外では冷たい雨が降り始めていた。蒼鉛色の雲で覆われた空に太陽の姿はない。この先もそれを拝めることはないだろうとブルースは悟った。悲しみも恐怖も別段沸かなかったが、大切なあの人が明日からどのように生きていくのかだけが気がかりだった。

クラークが小さな声で「ごめんね」と呟き、いびつな笑顔を見せた。ブルースも真似るように微笑んだ。とうに失われた男と、今から失われる男を悼むように、雨だけが静かに泣いていた。


2016/7/15 −さよなら太陽−


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