【 クラブル】


アルフレッドの自室にノックも無しで入ってきたブルースは、その勢いのままアルフレッドの元へ突進すると、何事かと目を丸くしている執事の手を掴み、息が噴きかかる距離まで顔を寄せた。

「クリスマスだ!!!」

「…………………はぃ?」




その後も落ち着きなく右往左往と部屋を歩き回る主人の動向を、アルフレッドは目だけで追った。

「12月25日の予定は?」
「am9時に孤児院3か所のクリスマスパーティーに出席、11時にゴッサム総合病院の小児科病棟訪問、12時から慈善パーティーが各所で立て続けにあり計5か所に来賓として出席したのち、pm19時からウェイン産業のクリスマスパーティーに参加なさる予定です」
「わかった。午後からの予定は取り消しだ」
「……は?」
「午後から出掛ける。夜に帰ってきて屋敷でディナーだ」
「……ブルース様、この予定はもう確定しております。今更お断りするのは如何なものかと。それにウェイン産業のパーティーに関しては主賓でありますし」

ブルースは歩みを止め、悲しそうな顔でアルフレッドを見た。

「どうかしたのですか?何か緊急の用事でも?」
「いや…大したことじゃないんだ……だが……。いや、いい、何でもない。さっき言った事は忘れてくれ。予定通りこなすさ…」
「坊ちゃま、アルフに隠し事ですか?正直におっしゃって下さい」
「……本当に大したことないんだ…」
「そうですか。ですがお教え下さい」
「クラークが…」
「ケント様ですか?」
「クラークが『25日暇かい』って……」
「……」
「……」

たっぷり数分間、二人の間に沈黙が過った。

耳まで真っ赤に染めたブルースが空気に耐えられなくなって逃げだそうとした。アルフレッドは、ブルースの手首をがっしりと掴むと、真剣な顔を向けた。

「予定はキャンセルします!!わたくしめにお任せを」


かくして、クリスマス大作戦が決行される事となった。



クリスマス当日

「坊ちゃま、ケント様がお迎えにいらしたら『いつも迎えに来てくれてありがとう』と一言忘れずに!」
「……あぁ。……花を用意してない」
「相手は女性でないのですからいいのですよ」
「何だか落ち着かない」
「大丈夫です、きっとうまくいきます!ディナーは腕によりをかけて準備しておきます」
「途中で電話してもいいか?」
「勿論ですとも」

チャイムの音が鳴り、アルフレッドが扉を開けるとそこには眩い白い歯を見せ微笑む男が立っていた。その手には大きな花束が握られていた。

「やぁ、アルフレッド!メリークリスマス!ブルースはいるかい?」
「ブルース様ならこちらに」

アルフレッドが後ろを振り向くと、そこにブルースの姿はなかった。

「坊ちゃま!?!」
「ブルースーー!!迎えに来たよーー」

ブルースは廊下の奥から気だるげに姿を現すと「来なくても良かった」と言った。そんな態度の悪いブルースをものともせず、クラークは「ごめんよ」と謝ると花束を差し出した。

「私は女じゃない」
「でも、君に似合うと思って包んでもらったんだ」
「…ぐっ」
「誠に素晴らしい色合いですね。ディナーの席に飾らせて頂きます。ブルース様、御礼を」
「……」
「御礼を」
「……………どうも」
「どう致しまして!!」

屋敷の外に出た二人は、すぐに歩みを止めた。

「ところでお前……車がないようだが?」
「え、あぁ!ドキドキして事故を起こしそうだったから飛んできたよ」
「こんな真っ昼間にそのスーツでか!?」
「ダメかな?」
「いいわけがないだろ、馬鹿か」

アルフレッドが「お車をご用意致しましょうか?」と声をかけた。

「そうしてくれ。私が運転する」
「え、いいよブルース。悪いよ」
「お前の運転で事故られるよりマシだ」
「それもそうだけど。そうじゃなくて、今日は西欧とか南米とか遠い国を回ろうと思って」
「……は?……それならそうと事前に言え!飛行許可を取ってない!バットジェットと違って、自家用ジェット機はおいそれと飛ばせるもんじゃないんだぞ!なんて無計画な奴だ」
「大丈夫だよ。僕が君を抱いて飛ぶから」
「……え?!」
「ダメかな?」
「ぃや………その……」

主人の頬が仄かに赤みを帯びたのをアルフレッドは見逃さなかった。

「そうと決まれば厚着をしなくてはいけませんね。ケント様はこちらでお待ちを」

アルフレッドは客間にクラークを案内すると、ブルースを連れ添って衣装部屋へ向かった。

部屋に入った途端、ブルースはアルフレッドの腕を掴んで揺すった。嬉しさを堪えきれない口元がニマニマと動き、蚊の鳴くような小声で「やった」と呟いた。

ジャスティスリーグの面々も世間も、クラーク本人でさえも、バットマンはスーパーマンに運ばれるのを屈辱と感じていると思っているが、実はそうではなく本当は喜んでいるという真実を知っているのはこの執事ただ一人だけだった。

「良かったですね、ブルース様」
「どうしようアルフ!ずっと至近距離で移動とか、平静を保てない!表情を隠すものがないと死ぬ!!カウルが無いと危険だ。最悪失神するかも知れん……。何だかめまいがしてきた…やっぱり取りやめにしよう…」
「落ち着いて下さい坊ちゃま。まずは、マフラーで口元を隠しましょう。眼元は…」



戻ってきたブルースを見て、クラークは首を傾げた。

「サングラス?」
「そうだ。上空を飛ぶんだからな。太陽光で目がやられないようにだ」
「あぁ、そうか!なるほどね!そこまで考えがいってなかったよ。ごめんねブルース。僕が用意すべきだった」
「ふんっ、花なんかより大事だろうが」
「ブルース様」とアルフが若干ドスのきいた声を出した。
「……花も悪くはないが」
「今度は花とサングラスを用意してくるね」

神のような対応をする超人に、アルフレッドは称賛の拍手を送りたかったが、そこはいってらっしゃいませの手振りに変えた。





まず始めに訪れたドイツのミュンヘンで、出店を見て回っている時だった。

「あら、ブルース!!元気!?」

声を掛けられた方を見れば美女が二人立っていた。二人とも過去に世界ミスコンで入賞している経歴があり、仕事の接待で何度か会っていた。

「丁度ダブルデートができそう!どうかしら?」

女の一人がブルースに腕をからめてきた。
どう彼女達をかわそうか、それとも少しデートをして、女性になれないクラークが慌てふためく様を見るのも悪くないかと思いながらクラークを見ると、彼ももう一人の女性に腕をとられている状態だった。
その瞬間、ブルースの中で嫌悪と怒りが混ざった感情が湧いた。やめろ。クラークに触るな!私以外が彼に触れるなんて……

「嫌だ」
「え?ど、どうしたの?」

女性が困惑した声を上げた。クラークはブルースの様子に気が付くと、絡んでいる女性の腕をやんわりと外し、ブルースの腕を引っ張った。

「申し訳ないんですが別の友人を待たせていまして。いいクリスマスを!」

女性たちが口を開く前に、クラークはブルースを引張りずんずんとその場を離れた。

「おい、クラーク!おい!!」
「なんだい?」
「今のは」
「ん?本当のことだよ。アルフレッドが待ってるんだから、彼へのプレゼントを探して帰ろう」
「……」
「彼女達とデートしたかったのなら謝るよ。でも僕はブルースと二人だけでデートしたかったから。ごめん」
「いや……別に…いい……私もっ、そう思ってた……」
「え?」
「なんでもない」



クラークがトイレに行っている最中、ブルースは電話をかけていた。受話器の向こうでは、アルフレッドがテリーヌを作りながらスピーカーから流れてくるブルースの話を聞いていた。

「〜〜〜その時クラークが連れ出してくれて、凄い格好良かった!!くそっ、突然のことで録音し忘れた。いい台詞だったのに!!」
『良かったですね、坊ちゃま。あと録音は止めましょう』

「ブルース、お待たせ」

ブルースは慌てて電話を切った。

「いつまで待たせるんだ」
「ごめんよ、丁度近くで強盗があってね。ささっと片付けてきたよ」
「お前の犯罪遭遇率は一体何なんだ」

クラークに連れられ、二人は人気のない路地に進んだ。

「次はブラジルに行こう!水上クリスマスツリーがあるんだって」
「ぶ、ブラジル?!」
「では、どうぞ」

そう言うとクラークは両手をがばりと広げた。今だ馴れないブルースは、片腕をそっとクラークの首に回した。膝裏と背中にクラークの腕が回り、ふわりとブルースは宙に浮いた。いわゆるお姫様抱っこ。
それはあまりに容易く行われるので、ブルースはいつも自分の体重が羽根のような軽さしかなくなったかと思うのだった。クラークに大事に扱われる事は嬉しくもあり、同じヒーローとして悔しくもあるブルースは、複雑な表情を浮かべていた。

「どうしたの、ブルース」
「…………いや、なんでもない」
「もしかして、パリの方にも行きたかった?凱旋門とかシャンゼリゼ通りとか、イルミネーションが凄いらしいからね」
「興味ない。それにしてもやけに詳しいな……以前、誰かと巡ったのか……?」
「まさか!特集記事を書くのに世界中のクリスマスイベントを調べたんだよ」
「ふ〜ん、そうか(……良かった。安心した……)」
「どこも素敵でね。君と行きたいなって思ったんだよ。だから突然誘ってごめんよ。きっと君のことだから数ヵ月前から予定が入っていただろう?」
「……いや、大事な予定は午前に済んだ。今年は特別に午後からは空いていたんだ。べ、別にお前の為に空けたわけじゃないぞ!!元々暇だったからだ!」
「午後だけ空いてたの……?
わお!それって凄いラッキーだ!サンタがくれた僕へのクリスマスプレゼントだね!」
「……ふんっ。いるかどうかもわからない存在に礼を言うなら、うちのアルフに礼を言え」
「??? うん、そうするよ!!」



二人はブラジルのリオデジャネイロ、次いで香港のハーバーシティの光のトンネルを巡った。そして最後に北極圏へと向かった。

人気の全くない、むしろ人が立ち入れないような場所に降り立ち、クラークは強くブルースを抱き締めた。今までとは比にならない寒さだったが、ブルースは最も体内が熱くなるのを感じた。頭の中はパニックで、脳内で小さな自分がワーーワーーと叫びながら走り回っている光景が思い浮かんだ。

この時期の北極圏は極夜と呼ばれる現象が起きる。一日中暗いもしくは薄明かるい程度のため、日中でもオーロラがよく見えるのだった。

そんな美しい夜空を見上げながら、クラークは満面の笑みで「凄いねぇ、綺麗だねぇ」と、それどころではないブルースに語りかけていたが、突如喋るのを止めると、真面目な顔つきで固まった。
オーロラとは別の方向を向き耳をそばだてているクラークを見つめ、ブルースは唇を噛み締めた。それが何を意味するかを彼は知っていた。

誰かがどこかで困っているのは理解している。助けたいと思う気持ちも勿論ある。けれども、心のどこか片隅で、なんでこんな時にという思いが湧いた自分が浅ましくて悔しかった。

「ブルース、悪いんだけど緊急事態だ」
「事件か?」
「いや事故だ。化学工場で爆発があった」
「私も行こう」
「危険すぎる」
「連れていけ」

クラークは一瞬険しい顔をしたが、わかったと返事をすると飛び立った。しばらくしてブルースは異変に気が付いた。

「おい……この方向は……クラーク聞いてるのか?!くそ!」

ブルースが暴れだしたが、クラークは無表情のまま一切口を開かなかった。

着いたのはウェイン邸だった。
クラークは、ブルースを下ろすと再び宙に浮かんだ。ブルースの体は怒りに震えていた。

「私は足手まといなのか?!」
「あぁそうだ」
「っ……」
「君が傍にいたら僕は他に目がいかなくなる。わかってくれブルース。君を護ることが第一優先だ」

クラークは風のように消えた。

物音を聞き付け、アルフレッドが屋敷から出てきた。彼が目にしたのは、黙って空を見上げている主人の背中だった。その背はあまりに小さく脆く見えた。

「坊っちゃま、中に入りましょう。お風邪を引いてしまいます」
「……アルフ……私は非力だ……」
「いいえ、出来ることは沢山あります」

ブルースが“そんな気やすめ”とでも言いたげに眼を細くした。

「例えばそうですね。七面鳥の丸焼きを作るとか」





pm20:00
一連の事故を処理し終え、クラークは屋敷に戻ってきた。朝に来ていたスーツがボロボロに破れた為、彼はアルフレッドが出してきた洋服に身を包んでいた。

「わお、凄い!サイズがぴったりです。こんな偶然あるんですね」
「えぇ、まぁ」

実のところ、クラークの採寸を推察したブルースが以前アルフに作らせたものだったのだが、主人の自己満足だけで終わらず実際に役立って良かったとアルフは思った。
「ちなみにお写真を撮っても宜しいですか?」
「ん?ぇえ、僕でよければ勿論どうぞ!」


その服を着て戻ってきたクラークをみて、ブルースはあまりの格好よさに卒倒しかけた。

「ど、どうしたんだいブルース!?」
「か、かっこ……かっこ‥んとう飲まないと…」
「え?」
「はい、葛根湯ですね。外は寒かったですからね」
「ブルース、風邪引いたのかい?!大丈夫?!」
「心配するな、ちょっと薬を飲んでくるからお前は先にダイニングに行ってろ」

アルフとブルースは別の部屋に行くと扉をしめた。

「かっ、かかかっこよすぎだろ!なんだあいつ、頭おかしいのか!」
「お似合いでしたね」
「あぁ。お前のセンスの良さが光ってた」
「いいえ、ご主人様の寸法の正確さがあってからこそです」
「写真を……あとで監視カメラから選んで取り出さないとな」
「坊っちゃま、ご安心下さい。既にお写真を撮ってあります」
「え!?」
「笑顔にピースつきです」
「でかしたぞ、アルフ!!」



戻ってきたブルースが席につき、アルフは二人のグラスにワインを注いだ。
テーブルの上には美しい料理達が輝いていたが、その中心に禍々しいオーラを醸し出している黒焦げギザギザの何かが鎮座していた。

「わぁ、美味しそうな……なにかな?」
「七面鳥だ。私が作った」
「あぁ、そうなんだね!斬新で、芸術性も高いね!凄いやブルース!」
「中を詰めてオーブンで焼くだけのはずなのですが、さすがブルース様。七面鳥が爆発するとは私も初めて知りました」
「もういいだろっっ!嫌なら食うなっっ!」
「そんな、喜んでいただくよ」

しばし沈黙

「おいしいよ!!」
「そうか、うん、そうだろう?やっぱりな。ふふん」
「ブルースは料理もできるんだね!僕には真似できないや。君は本当に何でもこなせて器用だねぇ」
「そんなことない……お前の方が……何だって出来る。ところで事故の方はどうだったんだ」
「うん、重傷者が出なくてよかったよ。従業員の人達も〜〜」

二人が会話している間、アルフは七面鳥がテロを起こしたような異物を見つめた。おおよそ、食べ物ではないそれを、会話しながらひょいひょいと口に運ぶクラークをみて、主人を幸せに出来るのはこの方しかいないなと確信した。



夜の11時になり、暖炉前のソファで語り合っている二人の元にアルフレッドがそっと近づいた。

「私は先に上がらせていただきます。ケント様、寝室のご用意をしてありますので、どうぞごゆっくり」

それはアルフレッドの気遣いだった。応援するようなつもりでブルースに目配せをすると、はっと何かに気が付いたブルースが立ちあがった。

「アルフ!私達からクリスマスプレゼントがある」
「え…?」

予想していなかった事態にアルフレッドは戸惑った。彼らが世界中を回って買ってきたプレゼントを受け取り、アルフレッドは涙を拭った。

「こんなことで泣く奴がいるか」
「ここにおります」
「ははは、良かった良かった!!じゃあ、僕は帰るよ」
「そうだな明日も出社なんだろう」
「うん、今日は素晴らしいクリスマスをどうもありがとう!君と過ごせてとても楽しかったよ!最高のクリスマスプレゼントだった!」
「ぁ、あぁ……私もだ」
「ブルース……」
「クラーク……」

「「じゃあ、また」」

「…………ぇ? え? ぇえ?!」

この雰囲気で帰るのかと戸惑っているアルフレッドを余所に、クラークは帰り支度を整えると、アルフレッドにお辞儀をした。

「美味しいディナーをどうも有り難う御座いました」
「え……いえ、それはいいとして……もう帰られるのですか?」
「どうしたアルフレッド、さっきから変だぞ」
「え、いいえ、何でもありません……」



粉雪が舞う中、クラークは星の大きさになるまでずっと二人に手を振りながら飛んで行った。その姿が見えなくなったところで、二人は屋敷に戻った。

「ブルース様、宜しかったので?」
「あぁーー苦しかった。駄目だ、やっぱりカウル無しでクラークと10時間以上関わるのは心臓が持たない。アルフ見たか?あの笑顔。かっこよすぎだろ。全く馬鹿か。あいつはなんなんだ。もー、日記に書かなきゃ。あと、あの貰った花で押し花を作らないとな。しおりにしよう」
「……健全なお付き合いで何よりです」


3年後も同じようなクリスマスを迎え、アルフの安心は心配に変わったが、キスされたと喜ぶブルースをみればどうでも良くなった。







【ダミ+アン】


「ダミアン、クリスマスプレゼントは何が欲しい?」
「え…?父さんが俺に……?」
「……あっ……いや、その、わ、私が用意するのではなくサンタに伝えるために聞いておきたくてな」
「……サンタに?」
「ほら、その、私は交遊関係が広いだろ?」
「……今じゃなくていい?考えとく」
「ぁ、あぁ」

ダミアンは至極落ちつき払った様子で部屋を出て行った。
ブルースがぎこちなくアルフレッドの方に首を向けると、執事は肩を落とし溜息をついた。

「……サンタを信じてたと思うか?」
「無垢な少年の夢を壊した瞬間でしたね。ジェイソン様の悲劇再びです」

ブルースの脳裏に、過去にジェイソンに同じ質問をし、サンタ神話を打ち砕かれた少年の癇癪が思い起こされた。顔から血の気が引いていく主人を見てアルフレッドは笑い出した。

「今のは冗談ですよ。ダミアン様がサンタクロースを信じておられるかはさておき、とても喜んでおられましたね」
「そうは見えなかったが…」
「そうですよ」





ダミアンは自室に着くなり、ベッドにダイブし枕を抱えて転がった。興奮に心臓が脈打っていた。彼は携帯を手に取ると、どこかに電話を掛けた。

『もしもし?』
「グレイソン!!出るのおせぇ!!」
『はいはい、ごめんごめん。で、どうしたの?』
「クリスマスだ!!」
『はいはい、まだ一ヵ月後ね』
「父さんがプレゼント何がいい?って!!」
『あー……そう……またやっちゃったのかぁ。ブルースに悪気はなかったと思うよ。でもね、ほら、何でもストレートに切り出しちゃう人だからね、そのね、うん、サンタクロースの夢が壊れたのは残念だとは思うよ、けどさ、ほら、それも大人になる為のステップだと思えばさ。ジェイソンなんかは泣いて怒って騒いだけど、ダミアンは我慢できるでしょ、ブルースのこと許してあげて』
「ばっか!!ちげぇよ!!サンタなんて、居ようが居まいがどうだっていい!!そんなことよりクリスマスだ…!父さんと過ごすクリスマス……」
『もしかして、ダミアンってクリスマス初めて?』
「…………悪いかよ。暗殺者にそんな浮かれたイベントは似合わないだろ」
『そっかぁ、良かったねぇダミ〜、嬉しいねぇ、そっか、そっかぁ』
「デレデレすんなっ!!顔見えなくてもわかるぞ!!」
『それで、プレゼント何もらうの?そういえばダミアンって、専用の乗り物まだ貰ってなかったよね。ロビンといえばバイクでしょ』
「別にいい」
『そうなの?』
「だってバイクあったら父さんの隣に座れないだろ」
『ダミは可愛いなぁ〜もう』
「オレのことまた可愛いって言ったら殴るぞ!!」
『あはは』
「プレゼントはもう決めてる。叶えて貰えるかはわかんないけど…」
『知りたいな、教えて』
「……父さんの時間を貰いたい」
『時間?』
「最近、表の仕事も忙しいし、ジャスティスリーグに呼ばれてどっか行っちゃう事も多いし…。あんま一緒にいれないから…」
『ダミ可愛い』
「この野郎!また言ったな!殴らせろ」
『ははは!でもさ、それはブルースも一緒だと思うよ。家族と過ごす時間を必要としてると思う。口には出さないけど、あの人寂しがり屋だから』
「……ふ〜ん。よし、父さんへのクリスマスプレゼントも決めた」
『え、なになに?』
「     」
『〜〜〜っ!!ダミアン可愛過ぎっっ!!!』
「もういいっっ!!切るぞ!!」





後日、

「父さん、プレゼント決めたんだけどさ……サンタにも叶えられないかもしんない」
「なんだ言ってみろ。サンタに難しいなら、私が代理で叶えよう」
「あのね…クリスマス。父さんとアルフと一緒にお祝いしたい」
「勿論その予定だが」
「ウェイン家主催のセレブが集まるパーティーじゃなくって、オレ達だけのパーティーがいい」
「わかった」
「でもきっと邪魔が入るよ。あの狂人ヴィラン共が聖夜っていうイベントをスルーするわけない。バットマンの仕事でパーティーは台無しだ」
「そうならないよう事前に善処を尽そう」
「…………わかった」
「ブルース様、先手を打ったとしても、あの道化師などはその網にかからないでしょう。ゴッサムにいる限り、常に彼等を気にして過さなければなりません。それならばいっそバカンスに行きましょう」
「アルフレッド…、何を…」
「雪国でのウィンタースポーツは楽しいこと間違いありません。カナダなど如何ですか?」
「旅行っ!?え、それ、ほんと!!?」
「アルフ、その間ゴッサムはどうす「坊ちゃま」

アルフレッドに言葉を遮られ、ブルースはムっとした表情になったが、ダミアンがきらきらした目でこちらを見ているのに気がつき、罰が悪そうに頬を掻いた。

「…サンタに頼んでおく」
「やったぁ!!」

ダミアンはぴょんぴょんとその場で跳ねると、そのままブルースの腰に抱きついた。息子の頭をぽんぽんと撫でながら、ブルースとアルフレッドは顔を見合わせた。困りながらも嬉しそうな表情を浮かべるブルースを見て、アルフレッドは昔のことを思い出していた。
ウェイン夫妻が健在だった頃、クリスマスの慈善パーティーを泣いて取り辞めさせたのはダミアンより幼かった頃のブルースだった。その時のトーマスの困り顔と今のブルースのそれはそっくりだった。





ブルースは人にものを頼むのを極端に嫌がる。それが自分の街であるゴッサム関連だと尚更だ。しかし息子との約束を果たすためには、背に腹は代えられない。
というわけで、彼は今、ジャスティスリーグの会議で、皆から一心に注目を浴びていた。

「クリスマスイブとクリスマスの二日間、ゴッサムの監視と警備を頼みたい」

グリーンランタンことハルが、腕を組みふんぞり返った。

「頼まれてやってもいいぜ!でも、ほら、もっとさ、人にモノを頼むならお願いしますくらい言ったらどうだ?」

ブルースはカウル越しにきつくハルを睨み、奥歯を軋ませた。しかし、脳裏にダミアンが嬉しそうに跳ね自分に抱きついてきた光景が思い起こされると、怒りは自然と消えた。

「私情で申し訳ないのだが、どうか協力してほしい。宜しく頼む」

その場にいる全員が凍りつき、次いで、みんな椅子が倒れる勢いで立ちあがり、バットマンの周りに集まりだした。ハルだけは、驚きのあまり椅子ごと真後ろに転んでいた。

「勿論よ!!ヘラに誓って協力するわ!!」とワンダーウーマン
「ブルース!!僕に任せて!!メトロポリスとゴッサムはそんなに離れてないからね!!」とスーパーマン
「海洋生物達を集め、ゴッサムを包囲しておこう」とアクアマン
「ゴッサムのクリスマスって何か楽しそう!!街中走り回って警備するよ!!」とフラッシュ
「あいててて。吃驚させんなよ。まぁ別にクリスマスなんて金が無くなるだけだしな。高額アルバイトだと思って協力するぜ」とグリーンランタン
「ならハルはいい」
「おおい!仲間はずれにすんなよ!!」





リーグからOKの指示が出たとブルースがアルフレッドに連絡し、数日後地球に帰還すれば、アルフレッドは旅行の準備を完璧に済ませており、ダミアンは真新しいスキーウェアを着込んでタイタスと走り回っていた。
ブルースはそんなダミアンを目で追いながら、アルフレッドに声をかけた。

「買ったのか?」
「えぇ、ブルース様がウォッチタワーに行かれている間に二人で買い物をしてきました」
「そうか」
「はい。ちなみに私もヒートテックとあったか靴下と、ぽかぽか腹巻きなるものを購入しました。ブルース様の分もあ」
「いらん」
「既にスーツケースに入れております」

ブルースは額を押さえると溜息を吐いた。

「出発は何時だ?」
「二日後の朝、7時にジェット機で向かう手筈です」





出発前夜、ブルースが自室にいる時だった。ノックの音がし、彼は目線を本に落としたまま返事をした。いつものようにアルフレッドだと思っていたブルースは、なかなか用件を言わない人物を見やって、珍しい訪問者に目を丸くした。

「父さん、今いい?」
「あぁ」

ダミアンはどこかぎこちない動きでブルースの元まで来ると、背中に回していた手をがばりと突きだした。

「父さんこれ、俺からのクリスマスプレゼント」

その手の中には封筒があった。ブルースが封を開けると、中にはカラフルな画用紙が数枚入っており、一枚一枚何か書いてあった。

「肩叩き券、お手伝い券、抱き枕券…?」
「それ使用期限ないから」
「そうか」
「一枚につき2回くらい有効だから。3回でもいいけど…」
「そうか」
「………いらなかった?」
「いや、驚いてしまって……とても…嬉しいよ。
早速使っても?」
「うん!!」
「お薦めはどれだ?」
「んー…今はこれ」


翌朝、7時になっても姿を現さない主人を起こしに来たアルフレッドは、微笑ましい親子の寝姿に歓喜の声をあげそうになり慌てて口元を抑えた。

穏やかな寝顔の主人と、その腕の中で嬉しそうな表情で寝息を立てている少年。サイドテーブルには“抱き枕券”が置いてあった。
アルフレッドにとってもそれは最高のクリスマスプレゼントになった。







【テリブル】


「ねぇ、ねぇ、ブルース。クリスマス一緒に過ごそう」

椅子に座っているブルースの正面。テリーがその肘掛に手を置き、覆い被さる様な体勢で笑みを浮かべている。対称的にブルースは眉間に深いしわを刻み、青年を下から睨み上げていた。

「デーナはどうした?」
「家族とクリスマス休暇でオーストラリアに行くんだって」
「なら、お前も家族と過ごせばいいだろう」
「二人とも教会に行く」
「お前も行けばいい」
「俺?俺は無神論者だし、ミサとか面倒だもん。ねぇ〜、別にいいじゃん。まさか予定があるとか!?」
「…特には無いが」
「だよね」

ブルースのコメカミがぴくりと動いた。

「だって、クリスマスに一人とか寂しいじゃん!」
「別に」
「今まで一人ぼっち過ぎたから感覚麻痺したんだって。今年は俺と一晩過ごそう。ねぇ」

“一晩”を強調しながらブルースの耳元に語りかけた瞬間、強烈な張り手を食らわされテリーはよろけた。

「え?え?」

訳がわからず戸惑っているテリーを押しのけブルースは立ち上がった。その顔は怒りに溢れており、そのせいなのか瞳は若干潤んでいた。

「私は……っお前に同情されるほど惨めじゃない!!」

自分の言った台詞に何かを感じたのか、ブルースの瞳から一粒涙がこぼれた。
呆気にとられているテリーを残し、ブルースは部屋を出て行った。





ハミルトン・ヒル高校。
放課後の空き教室では、突っ伏して何かをぶつぶつと言っているテリーの横で、マックスがパソコンを弄っていた。
(※マックス:日本語版DVDには未登場のキャラ。米国ではseason2から登場。テリーの同級生で学年一の秀才。その頭脳を生かしテリーがバットマンである事を突きとめ、その後はブルースとも通じ、バットマンの支援をしている女子)

「〜〜〜って事があってさ。ここ数日連絡が通じないんだ。なんで怒ったのか意味わかんない。クリスマス一緒にいたいって言っただけじゃん」
「本当にそう言ったの?一緒にいたいって」
「言ったよ!!」
「“他の誰かじゃなくてブルースと一緒に過ごしたい”って言った?あなたのことだから、他の人は用事があって、だから一緒に過そうっていう誘い方したんじゃないの?」
「なんでわかるんだよ」
「あなたってウェインさんに対してちょっと捻くれてるから。大方“デーナも家族も用事があって駄目だからクリスマスイブ一緒にセックスしよう”って言ったんでしょ?」
「マ、マックス!!そんなダイレクトには言ってない!!それに、なんか勘違いしてると思うんだけど、ブルースと俺、まだしてないから!!」
「えっ!?まだエッチしてなかったの?!もうしてるもんだと思った!!」
「してないよ。誘いかけてるだけ。いつも逃げられて未遂」
「デーナとはしてるのに」
「ブルースは心臓が悪いんだよ。無理矢理やって何かあったら恐いし。それに俺の事どれくらい好きかわからないし……脈ありだとは思うんだけど」
「そういう自信ありげな所がボスの癪に触るんじゃない?それにしてもクリスマス前にして、デーナとブルースを怒らせるなんて凄いミラクルを起こしたわね」
「こんなミラクルいらない!!っていうか、デーナから何か聞いたのか?!」
「えぇ。今年も貴方がウェインさんの所に入り浸ってばかりだったから、彼女怒ってたみたいよ。それで『どうせクリスマスも仕事忙しいでしょ。だから家族とドイツ旅行に行って来るわ』ってカマかけたら『残念だよ、でも楽しんできて』って何の躊躇もなく言われたからカンカン!!あなたが『二人で過ごそう』って言ってくれればデーナはゴッサムに残るつもりだったそうよ」
「まじかよっ!だったら始めからそう言ってくれよ」
「自分の事は棚に上げてよく言えるわね。でもまぁ、今からでも遅くないじゃない。デーナが許してくれればクリスマスは彼女の両親不在の中、一晩中ナニして遊べるわよ。サイコー」
「……う〜ん……」
「なにその反応」
「いや、うん…でも、その間ブルースは一人だ」
「エースもいるわ」
「犬だぜ?」
「貴方それウェインさんに言ったら、またキレられるわよ」
「あぁ〜〜〜あ!!どうしよう!!どうしたらいい!?」
「究極の二択ね」
「ブルースに許してもらうにはどうしたらいいんだろう」
「……はぁ〜、こんなのと付き合ってるデーナに同情するわ」
「デーナはいつも何とかなるから大丈夫。問題はブルースだよ。あれはマジでやばいと思う…だって、あんなの初めて見た」
「何を?」
「泣いたとこ」
「泣いた!??テリー、ウェインさんを泣かせたの!?あなた何したのよっ!?!」
「だからさっき言った通りブルースが怒ったんだけどさ、その後ぽろって涙流して…部屋出て行っちゃったんだ」
「それをそのままにしたの…?」
「いや、勿論追いかけようとしたけど、エースが凄い剣幕で襲いかかってきて、慌てて窓から飛び出したら、屋敷の窓も扉も全部ロックがかかって、二度と入れなくなった…」
「金持ちの癇癪は規模が違うわね…」
「どうしたらいい!?」
「そうね……。そもそも、テリーの気持ちがよくわかんない。デーナとウェインさんどっちが好きなの?」
「どっち、って言われても……んー………んん〜っ」
「マジで?そんなんだからデーナもウェインさんも不安がるわけよ。じゃあ、選択クイズよ。両方は駄目。いい?」
「うん」
「崖から二人が落ちそうになっています。どちらを助けますか?」
「デーナ」
「なんで?」
「か弱いし、女の子だし。それに落ちそうなのがデーナでなくとも、ブルースの方を助けたら彼に絶対怒られる」
「2問目、ベッドの上で二人が手招いています。どちらを選びますか?」
「ブルース!!」
「気迫が恐い……いちお聞くけど、なんで?」
「あの高潔な感じをさ、屈服させたいってのもあるけど、なんか寂しそうな隙間を埋めてあげたいっていうか……あっエロい意味じゃなくてね」
「物珍しいからっていう答えじゃなくて良かったわ。多分、ウェインさんはそう思ってるでしょうけどね」
「えっ、なんで!?」
「だって普通そうでしょ。孫ほど年の離れてるしかも彼女持ちの男が、エロい意図をもってアプローチしてきたら、タチの悪い冗談か、馬鹿にされてるか、都合のいい代用品か、そういったマイナス方面に考えるのが妥当でしょうね」
「冗談でも遊びでもない!まじだ!!むしろ、俺がどれだけ勇気出してアプローチしてるか!」
「たとえテリーがそう考えてても、素直にそれを伝えてないのなら、逃げられて当然だわ。だって貴方を受け入れて傷つくのはウェインさんでしょ?テリーにとってはこれから幾つもある恋愛の内の一つでしょうけど、彼にとっては恐らく……。そんな最後の恋が“助手の興味本位”とか、あたしだったら即死」
「……興味あるよ。でもそれって本当に好きだからだ…!ブルースのこと…何だって知りたいよ。もっと沢山知りたいし、俺の事も知ってほしい…。俺がどれだけ想ってるか……」
「じゃあ曖昧な誘いを止めて、率直に気持ちを伝えたら?まぁ、どんなに口で言ったとしてもデーナとの二股っていう拭えない事実があるけどね」
「……」
「最後の質問。クリスマス、誰と過ごしたいですか?」





明かりの灯っていない屋敷の前、テリーはいるかどうかもわからない家主に向かって、声を張り上げた。

「ブルーーースーーー、開けてよーーーー!!謝りたいんだーーーー!!」

しーーん

「ブルーーーースゥウーーーー!!!あんたと一緒にいたいんだーーー!!他の誰かじゃなくて、あんたとクリスマスを過ごしたい!!お願いだから、顔見せてーーー!!」

しーーーん

「生きてるーー!??ねぇ、おーーーーーい!!ブルーースーーー!!!ごめんってば!!」

しーーーーーーん

マックスに伝授された恋愛ドラマ風お願い作戦を実行してみたテリーだったが、屋敷には何の変化もなかった。テリーの脳裏にマックスから言われた言葉が思い出された。
『率直に気持ちを伝えたら?』

テリーは優しげな声から一転し、感情を露にした声を上げた。

「あんたが好きだって言ってんだ!!同情なんかじゃない!!めちゃくちゃ好きで、自分でもわけわかんないんだよ!!どうしてくれんだ!!あんたのせいで、彼女の事も好きかどうかわかんなくなっちまったじゃないか!!」

テリーは大きく息継ぎをすると再度叫んだ。

「…っデーナとは別れてきた!!あんたを誘ってるのは遊びじゃない!本気だ!!ヤりたいのは、あんたが好きだからだ!あんたの全部を見たいし、感じたい!!くそっ!!全部あんたのせいだよ!!責任とれ、この野郎!!ちくしょう、好きだっ!!!愛してる!!!ブルース、あい」

「っるさい!!」

三階の窓からブルースの声が響いた。目は充血しうっすらと潤み、身体はわなわなと震えていた。

「全部……私のせいだって言うのか……っ」
「……ご、ごめんブルース。違う……あんたのせいじゃない……。俺が勝手にあんたを好きにな」

テリーが言い切るより前に、ブルースは勢いよく窓を閉めた。やばい怒らせたとテリーが落胆し肩を落とした瞬間、玄関のロックが解除される音がした。





ブルースの淹れた温かな紅茶を飲みながら、テリーはニヤニヤと向かいに座るブルースを見ていた。ブルースは落ちつきなく指で腿をとんとんと叩いていた。その顔は仄かに紅かった。

「その下卑た笑いを止めろ」
「だって可愛いんだもん」
「何が」
「ブルースが」

ブルースはもの凄く苦い物を食べた時のような顔をした。テリーは声を上げて笑った後、急に黙り込んだ。

「ねぇ、ブルース。あんただから好きになったんだ」

ブルースはテリーの目を見詰め返したあと、ふっと視線を逸らした。

「そんな風に言えるのは今だけだ」
「そんな事ない。俺は本気だ」
「別にいいさ、孤独な老人には有難い嘘だ」
「また嫌味言って」
「悪かったな。こういう性分だ」
「俺、思うんだけどさ。あんたを愛した人、一杯いたと思うよ」
「………」
「でもきっとみんな優し過ぎたんだ。だからあんたの心の砦を壊してまで自分のモノにできなかったんだよ。あんたの意思を尊重したってのが良い言い方で、諦めたっていうのが悪い言い方かもね」
「何が言いたい?」
「あんたは今まで通り、疑心暗鬼で頑固で偏屈なままでいいよ。その方が誰も寄りつかなくて安心だ」
「折角入れてやったのに、また追い出されたいのか?」
「ははっ。俺はあんたが怒ったとしても、気持ちをぶつける事にしたよ。あんたの顔色窺ってたらキリがない。あんたを泣かせる事はこれからもあるかも知れないけど、絶対に一人では泣かせない。俺は他の奴らとは違う。そんな寂しい事あんたにさせないから」
「…彼女にも言ってやれ。今頃、泣いているかも知れない」
「ブルース、俺はあんたを」
「選ばなくたっていい。こんなお前に愛想尽かさずにいてくれる彼女を大切にしろ」
「…どういう意味?俺はあんたにフラれたって事?あんたが駄目だったらデーナに戻ればいいって俺が思ってるとでも?!はぁ?どんだけ信用ないんだよ。これだけあんたの好きって言ってんのにっ!!」
「……そういうわけじゃない」
「じゃあ俺はどうすればいいんだよ?これだけしても、この気持ちすら信じてもらえないなんて!はっきり拒絶してくれた方がまだマシだ!!」
「テリー…」
「わけわかんねぇっ……くそっ!!それでも…俺はあんたが好きだ。それは変わらない。
…………今日のところは帰るよ」

テリーがその場を離れ、窓に手をかけた時だった。

「私もよく分らないんだ…」

振り返れば、ブルースが顔を覆い俯いていた。その指先は微かに震えていた。

「わからないって何が…?俺の事が好きかどうかってこと?」
「違う…。テリー、お前の事は好きだよ」
「ぇ……そ、それって本当?」
「あぁ」
「夢みたいだ…」
「だが…、どうしたらいいか分からない…」
「ブルース…」
「怖いんだ………私は…どうしたら…いい…?」

テリーはブルースの手をそっと握ると、その顔を覗き込んだ。ブルースの顔は色を失い、アイスブルーの瞳だけが浮き立って見えた。それは不安げに揺れていた。

「俺に全部任せて。ブルースが怖がる全てのものから護るから」

テリーは自分の額をブルースの額と合わせた。大丈夫、大丈夫と何度も呟くテリーの声は、ブルースに対してだけでなく、自分にも言い聞かせているようだった。
しばらく経ってからテリーがブルースの瞳を覗けば、その焦点は定まりテリーを見ていた。テリーはふわりと微笑むと、握っていたブルースの手に口づけを落とした。

「今晩は帰るよ。次に来る時までにクリスマスプレゼント何がいいか考えといて」
「テリー…」

「おやすみ」とブルースの頬を一撫でし、テリーは窓から飛び出し闇夜に溶けて行った。




一人になった部屋で、ブルースはポツリと呟き、胸を押さえた。

「もう充分過ぎるほど貰ったよ…テリー」

嬉しさではなく不安から心臓が荒く脈打っていた。愛情の末に待つ喪失や孤独を幼少の頃から今日に至るまで幾度となく経験してきたブルースにとっては、愛されるという事は別れに直結する酷く恐ろしいものだった。けれど同時に、心の底から欲しているものでもあった。
いつの日か、この選択を後悔したと思う日が来るかもしれない。傷付き打ちのめされ、立ち直る時間もないまま生涯を終えるかも知れない。
けれどそんな事よりも、テリーが自分と過ごした時間を『無駄だった』と後悔しないかが一番の気掛かりだった。


ブルースは開放している窓に近づくと、ちらちらと雪が舞い始めた夜空を見上げ考えた。白い溜息が止めどなく溢れた。

青年が幸せになる為のクリスマスプレゼントは何がいいだろうか。
瞬時に思い浮かんだのは決別の言葉の数々だった。だが恐らく自分は言えないだろうと思い、ブルースは自傷気味に笑った。
最終的にはテリーの優しさに縋りつく己が、愚かで惨めに思え仕方がなかった。

ほんの少しだけぼやけた視界を擦り、ブルースは夜空に消えていった青年の姿を追った。





クリスマスイブ当日。

外では大粒の雪がしんしんと降り積もり、部屋の中は暖炉の薪が爆ぜる音が時折響いた。そんな静かな空間の中、二人は大きなベッドの上で神妙な面持ちで向かい合っていた。

「……本当にいいのか?」
「うん」
「今からでも遅くないぞ。欲しいものがあるなら変更可能だ。パソコンか?バイクか?なんなら車でもいい」
「いらないってば。この間言った通り、俺はブルースが欲しい」

ブルースが何とも言えない表情でテリーを見やった。
怒りでも悲しみでも卑下でもない真新しい表情にテリーは戸惑った。けれども、整った眉毛を少し下げているその表情が、困っている顔なのだとわかった瞬間、テリーは堪らなくブルースが愛しくなった。

「とりあえず事前に準備はしたが…」
「準備って何?」
「…知らなくていい」
「気になる」
「うるさい」
「ごめん」
「男を抱くのは初めてか…?」
「勿論。抱きたいって思ったのも初めて。でもブルースは男に抱かれるのは経験済みだろ?」
「……何十年も前の話だ」
「何十年前でもやっぱ嫉妬はするよ」
「久し振りだから…なんていうか…その……」
「うん」
「……優しくしてくれ」
「…っ!ブルースそれ反則だ…っそんな事言われたらヤバイ」

伸びてきたテリーの腕に身を任せ、ブルースは雪のように白いシーツに沈んだ。

「メリークリスマス、俺のサンタ」

2015/12/21 −my sweet santaclaus−





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