【老人と17歳】


「ん、あぁっ…あっ、あぁっ、あ、んっ、も、無理だ、ク、クラークっ」


ぴたりと腰の律動が止まった。

息を切らしながらうっすらと瞼を開いたブルースは、しまったと思った。熱く火照った体から冷たい汗が滲んでくる気がした。彼に覆い被さっている青年はいっそ清々しいほどの笑顔を浮かべていた。


「ねぇブルース。俺は誰かな?」

「……て……テリー…」

「ぁあ〜あ、傷付いた!少し萎えちゃったなぁ」

「……すまない」

「こんなに優しくしてあげてるってのに、別の男と間違うなんてさ!」


どこが優しいだ。いつも無茶をさせてくる癖に‥…と心の中でゴチながらブルースは再度謝った。


「お詫びに何でもしてくれる?」

「あぁ…」

「じゃあ、舐めて」


テリーはそう言うと、ペニスをブルースの中から引き抜き、被せていた薄紫色のコンドームを床に投げ捨てた。

緩慢な動作で上体を起こそうとするブルースを手伝いベッドに膝をつかせると、テリーは疲弊した顔をしているブルースの唇に自身の亀頭を押し付けた。


若いペニスは弾けるような瑞々しさがあり美しかった。ブルースは大人しく唇を開くと鮮やかなピンク色をした亀頭に啄ばむ様なキスをした。




咽頭後壁にぶつかるまでペニスを咥え込んだり、先端を強く吸い上げたりと、ブルースはディープストロークを繰り返した。


「ブ…ブルース…ピッチが早いっ」

「…注文が多い奴だ」


ブルースは口を離すと、真っ赤に色づいた舌で、テリーの裏筋をゆっくりと舐め上げた。ざらりとした舌の感覚が、過敏になっているテリーのそれを刺激し、青年はぶるりと身を震わせた。

裏筋と亀頭の継目あたりを舌先でちろちろと撫でたあと、陰嚢を食べるかのように半分ほど甘噛みしたり、舌先でくすぐる様に弄った。


顎が疲れ、ブルースがペニスから顔を離しテリーを見上げれば青年は真っ赤な顔をして荒い息をしていた。

そのペニスは猛りを増し、腹筋に付きそうな程反りかえっていた。何も喋らず、ただ睨むような眼つきで見下ろしてくる青年に「テリー?」とブルースがいぶかしむ声をかけた瞬間だった。


テリーは突然ブルースを押し倒すと、その足を自分の肩に乗せ、勢いよく挿入した。


「ぅぁあっ!!うっ…、テリぃ…ゴムを……っ」

「はぁはぁはっは…っ、ブルースっ、あっ、あっ、あ、ぅうっ、、出るっ」

「てぇり…ぃっ、だめ…だ」

「っっぁああ!!!……はぁー…はーー…はぁ……ごめん…ブルース……中出ししちゃった」


ごめんと何度も謝りながらも、テリーはブルースの汗かく額にキスを降らした。


銀糸のような白髪を梳きながら、テリーはブルースの上体にのしかかった。互いの心臓の音が聞こえた。テリーは謝る事をやめ、ただその心音に耳を澄ませた。自分よりも早い心音は、時折更に早くなったり、妙に遅くなる。いわゆる不整脈。いつ死んでもおかしくないと、医者に言われている。


テリーはブルースの心臓が憎らしかった。ボスの全てを握る心臓。ブルースを生かすも殺すもこの心臓次第だ。

急に沸き上がった恐怖心を誤魔化すように、ブルースの耳たぶや首筋を吸ったり舐めたりしていると「…重い」という抗議の声がかかってきた。

仕方なくテリーは横になると、ブルースを抱き締めた。


「ほんと、ごめん……身体、大丈夫…?」


許しを乞うような瞳でブルースの青い瞳を見れば「困った奴だ」とブルースは微笑んだ。

テリーの息が一瞬止まった。

青年は宇宙の銀河を仕舞い込んだようなブルースの瞳が大好きで、時折こんな風に魅了されてしまうのだった。彼は勢いよく起き上がると、しゃぶるような口づけをした。





pipipipipipipipipi………


電子音が鳴り響く中、先に瞼を開けたのはブルースだった。部屋の中は薄らと明るく、遮光カーテンの隙間から太陽光が漏れていた。


「テリー…電話が鳴っている」

「んん〜……」

ブルースに揺すられ、薄らと覚醒したテリーは、枕元で鳴っている携帯を無視し、ブルースに身体を擦りつけた。

「おい、いい加減目を覚ませ。電話だと言っているだろう!」


頭頂目掛け携帯を思い切り振り降ろされたテリーは、頭の中で星を散らせながら通話に出た。


『ちょっとテリー、今どこなのよ!?』

「ん…おはよ…」

『おはようじゃないわよ!!今日はみんなで遊びに行く日でしょ!!』

「……ん、今…何時…?」

『約束の朝9時をとっくに過ぎて10時よ!!もう私もマックス達も、先に映画館に向ってるからね!!テリーも急いで合流して!!いいわね!!』


ぷつりと切れた電話から3秒後、テリーは慌てて起き上がった。


「デイナか?」

「しまった!!!今日、デイナ達と予定があったんだ!!すっかり忘れてた!!ブルース…その…起きれそう…?」

「無理だ」

「だ、大丈夫?ごめん、ほんと昨晩無理させすぎた…水いる?何か欲しいものある?」

「いいから行け」

「や、でも」

「お前がいると休めん!!いいから行って来い!!」

「わ、わかった。なにかあったら連絡して!!すぐに帰ってくる」





全身の倦怠感と局所的な痛みで、ブルースは正午になってもベッドから出る事が出来なかった。


昔ならば、こんな風に体調が優れない時はアルフレッドが全て面倒をみてくれたが今は‥……。ブルースがなんとか首を起こせば、いつも執事が立っていた場所にエースが丸くなっていた。

「おいで」

ブルースが手招きすると、エースは嬉しそうに駆け寄り、その手に頭を擦り付けた。しばらくエースを撫でていると、突然エースの耳がピクリと動き固まった。どうした、とブルースが声を掛けると同時にベッドサイドのスピーカーからバーバラの声が流れた。


『ブルースいる?基地に直接掛けたけど出ないようだから、屋敷にしたわ』

「あぁ、すまない」

『事件よ。工業地帯に大規模火災。ファイアフライが暴れてる。バットマンの応援を頼みたいわ』

「わかった。すぐに向かわせる」


ベッドから降りようとして、ブルースはふらつき床に座り込んだ。エースがくぅんくぅんとブルースの体を支えるように寄り添った。


「くっ、これではケイブに行けん‥…この場で指示を出すしかないか‥…」


ブルースはナイトテーブルから、液晶タブレットを取り出すと手際よく操作をし始めた。

画面にテリーの電話番号が表示されると、数秒経たずに実際の彼が映った。


『ブルース?!何かあったの?大丈夫?』

「遊んでる最中悪いな」

『いいよ、それよりどうしたの?顔色青白いよ!歩ける?!具合は?!お昼は食べた?』

「今すぐ工業地帯へ迎え。ファイアフライを捕まえろ。大規模火災も起きているそうだ、気を付けろ」

『え!?わかった!』

「勿論、スーツは持ってるよな?」

『オーケー!』

「バットスーツからの映像がこのタブレットに転送されるよう設定した。早く着替えて迎え」







テリーはバットスーツに身を包み、未だ炎が燃え盛るコンテナ置き場を歩いていた。


「テリー、左の発火温度が異常に高い!奴がそこに隠れている可能性が高いぞ!」

『わかった、警戒する。ところで大丈夫?』

「何がだ?スーツの耐火温度は5000°までいける」

『そうじゃない。体調だよ』

「良くはない」

『終わったら行く』

「冗談だろ、来るな」

『あんたに逢いたい。ねぇブルース』

「……今晩は無理だ…」

『わかってる。なにもしない。いいでしょ?行くから』

「駄目だ」

『あっ、見つけた!!観念しろ、ファイアフライ!!』


しばらく画面越しにバトルの光景を観ていたブルースだったが「うっ」と呻くと腹を押さえ、よたよたとトイレに駆け込んだ。中出しされた事による生理現象だった。


げっそりとした様子で出てきた主の足元を、エースが労るように寄り添い歩いた。





ファイアフライを倒し、消火活動も終えたテリーが屋敷に到着する頃にはもう日は沈んでいた。

主がいるであろう寝室に向かえば、ブルースはシャワーを浴び終えガウンに身を包んだ姿で、ソファに沈んでいた。


「ねぇ誘ってるの?」

「馬鹿者が。さっきようやく動けるようになったからだ。本当に今日は無理だからな」

「うん。わかってる、ごめん。」

「怪我人が出なくて何よりだ。お前は?」

「大丈夫、あんなの日焼けもしないくらいだ。ところで今日は何か食べた?」

「……」

「ごめん。何か用意するよ」

「いらん」

「そう‥……。ねぇ‥……キスしてもいい?」

「何でそうなるんだ!?」

「俺だってわかんないよ!でも、したいんだからしょうがないだろ?!」

「っ勝手にしろ!」


テリーはブルースの額や口角にキスをしながら彼から漂うシャンプーの香りを嗅いだ。バーバラがくれたものらしい。ジャスミンが主成分のこの香りは、デイナの甘いチェリーの香りとは全く違った。向こうが楽しくなるような香りだとすれば、こちらは静かな気持ちにさせる。この主にぴったりだと思った。ゴードン市警本部長さすがだな、とテリーが思っていると、いい加減嫌になってきたブルースがやんわりと手で払ってきた。テリーはその手を掴むと、手の甲から指先にかけて愛しそうに撫でた。


「すべすべする。いい匂いも」

「……ハンドクリームだ」

「ぶふっ!!ブルース、そんなもの使ってるの!?」

「笑うな。乾燥が激しくてな」

「皮膚が乾くとか‥……くくっ、おじいちゃんだね」

「黙れ」

「ごめんごめん」

「にしても、ブルースの手は大きくて長くて……綺麗だよね」

「そういうことはガールフレンドに言え」

「デイナの手は小さくて可愛いんだ。爪はいつもカラフルで。どっちも好きだけど‥…」


テリーが手の甲に口付けしようしたが、ブルースは無理矢理手を引っ込めた。


「デートは楽しかったか?」

「うん。映画を観たあと、海岸沿いをドライブしたんだ。でも、この景色をブルースにも見せたいなって思ったし、これ一緒に食べたいなって思ったし、顔も見たくなって……香りも嗅ぎたくなって‥、声も聴きたくて‥……。

だから事件の連絡が来たとき嬉しかった」

「不謹慎だ」


唐突にテリーはブルースの首筋にキスをし、耳元で囁いた。


「ブルース、好きだよ、すごく好きだ」

「‥……」


テリーの目から涙が零れた。


「どうした?」

「愛してる」

「…一時の気の迷いだ」

「違う。だってこんなに辛いのは初めてだ。人を愛するってこんなに苦しいんだね。ブルース…‥…、ブルース……俺が守るから。だから死なないで」

「……突然どうしたんだ」

「返事してよ」

「………」

「お願い、嘘でもいいから」

「…善処する」

「ありがとう、ブルース。愛してるよ!ねぇ……やっぱり今日もいいかな?」


ブルースの口からは呆れを含んだ溜め息が零れたが、ノーという言葉が出ることはなかった。かわりとでも言うように少し離れた場所にいたエースが唸るようにして吼えた。






【老人と17歳と犬】


『至急来い』

それはいつも通りの無愛想な連絡だった。またなの?!とデートが中断されたことに怒るデイナをどうにか落ち着かせた後、ケイブに駆け付けたテリーはフリーズした。

いつものコンピューター前に腰掛けているボスが、見知らぬ男を床に膝まずかせ、その頭を撫でている光景が広がっていたからだ。


「なに?なんなの、これ。俺への当て付けってこと?」

「ようやく来たか」

「来たかじゃないよ!!そいつ誰だよ!!」

「エースだ」

「はぁ?!そう、エースって言うのか……じゃなくて!名前なんてどうだっていいんだよ!!どういう素性なんだよ!!あんたとの関係は?!」

『主従関係です』

「お前に聞いてない!……って主従?へぇーふーん、そう、なに、そういうプレイなの?」

「お前はさっきから何を言っているんだ」

「あんたこそ何やってんだよ!!俺だけじゃ満足できないってわけ?!こっちは、あんたの体を心配して、毎日だってヤリたいところを、すっげぇええ我慢してる上、一晩の回数だってセーブしてるってのに!あんた、日中はこういう男と遊んでたってわけ?!」

「テリー黙れ」

「いいや、黙らないね。あんたこそ今から黙らせてやるよ!ベッドで散々泣かされるのと、ここで泣くのとどっちがいい?!」

「いい加減にしろ」

「わかった、ここだな」


テリーはブルースの腕を掴み無理矢理立たせると、抵抗してきたブルースの足を払い床に捩じ伏せた。喚いて怒るブルースに跨がると、飛んできた拳を捕まえ頭上に纏め上げた。悪人も恐がりそうな睨みを一身に受けながらもテリーは余裕の笑みを浮かべていた。キスして愛撫して突っ込んでしまえば、最終的には許してくれるという事は過去に実証済みだったからだ。

テリーがブルースの服に手をかけた、その時。


『お止めください』


背後から肩を掴まれ、テリーは舌打ちをしながら謎の男に振り返った。


「あんたはもう帰れよ。あんたの主人はもういない。ここいるのは俺のものだ」

『いいえ、私の家はここです』

「はぁ?いつの間にこんな男住まわせてたの?どんだけビッチなんだよブルース。お仕置きが必要だね」

『これ以上、ブルース様に不貞を働くのであれば、友人であろうとも容赦致しません』

「あ?誰が友人だって?」

『貴方と私です』

「ふざけんなよ!今すぐ出てけ!」


テリーが男の肩を突き飛ばすと、男はまるで獣のように四つん這いになり、牙を剥き唸り声をあげてきた。その声にテリーは聞き覚えがあった。


「……も、もしかして……エース?」

「だから、さっきからそう言ってるだろうが!どけ!」


ブルースが呆然としているテリーを押し退け起き上がろうとした。エースはブルースに駆け寄ると、割れ物を扱うような丁寧さで主人を抱き起こし椅子へと座らせた。


「ど…どういうこと?」

「知らん。その原因を調べろと言いたかったとこだが、もういい出ていけ。しばらくここに来るな」

「はぁ?」

「通信はする。指示は出すから今まで通り活動はしろ。だが、私にはしばらく近づくな」

「なに、もしかして怒ってるの?」

「こんなことをされて怒ってないとでも?」

「いや、でもさ、これもあんたを愛するが故っていうか。……え、ねぇ、嘘でしょ。しばらくってどれくらい?」

「さぁな。半年か一年か」

「そんな!そんなのあんたが生きてるかどうかも定かじゃないじゃん!」

「失礼なやつだ。もう2度と会わない」

「ご、ごめんブルース!本当にごめん!!でも無理だよ。せめて1週間!いや、3日!!あんたに逢えないとか無理だ!ねぇ、許して、お願いします!エースのこと絶対解決するから!」

「そんなことは当たり前だ」

「じゃあ1ヶ月間デートに行かない!!私用にうつつ抜かさずバットマン活動に従事するから!!」

「学業は?」

「わかった!!勉強も頑張る!!試験でAとってくるから!!」

「…………約束は守れ」

「うん!!!じゃあ、さっきのは無しにしてくれる?」

「…わかったから、とっとと行け」

「っしゃあ!!チューさせてブルース!」

「ふざけるな!!いいから早く事件解決に行け!」


ブルースの振り上げた杖がテリーの脳天を直撃した。





「なにも殴ることないよな」


テリーの隣にはエースがいた。

ブルースの指示で二人で捜査に出向くことになったのだが、バットジェットから降りて街中に入ってからの進みが非常に遅かった。

その原因はエースにあった。

道行く女子がみんな振り返り、逆ナンや写真のお願いもされるほど、彼が俗にいうイケメンの更に上の外見をしていたからだ。凛々しい顔立ちに、抜群のプロポーション、ブルースが見繕った黒ベースの高級服を着こなす様は、まるでモデルのようだった。


「これじゃあ何時まで経っても進まない!!」

『あの、すいません、モデルのスカウトをしてましてー…』

「もう別の事務所で働いてるので結構です!!もう何度目だよっ!どんだけスカウトマンいるんだっつーの!!あ〜もう、裏道に行くぞエース!」

「はい」


イケメン二人の走り姿はさらに周囲の注目を浴びたが、掛けられる声を無視し、途中で裏通りに突入した。何人かのチンピラに絡まれたが、テリーは元よりエースも素晴らしい体術を見せ、蹴散らせながら先へと進んだ。しばらく進んだところで、二人は走る速度を少し落とした。


「テリー様、私のせいでとんだ面倒に巻き込んでしまい申し訳ありません」

「いいよ呼び捨ててで。俺達友達だろ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ところでさ、エースってもっと男らしい口調なのかと思ってた」

「正直、ブルース様に拾われる前は闘犬でしたからこんな感じではありませんでした。全てが敵のような状態で育ったので粗暴で野蛮でした」

「そうだったんだ…」

「あの…話は変わりますが、ずっと前からテリーに御礼を言いたかったんです。貴方が来てからブルース様は非常に元気になりました。彼を日の当たるところに連れ出してくれ、本当に有難う御座います」

「どういたしまして」

「ただ…………1つお願いをしてもいいですか?」

「なに?」

「ブルース様との性交の件ですが」

「ぶっ!!」


テリーは躓きそうになり、慌てて体勢を整えた。


「ブルース様は心臓が悪いので、性交の翌日は非常にぐったりなさって丸一日動けないような状態になります。どうかご配慮を」

「十分にしてるつもりだけど」

「先ほどのケイブでの流れを見ていると、どうだか……」

「あれは!あれは……ちょっと興奮してただけで……、いつもはちゃんとベッドの上で優しくしてる!」

「果たしてそうですかね…?性交に限らず、テリーはブルース様に乱暴な言動をすることがあるように思えます」

「そんなことない!ブルースを大事に思ってるよ!」

「以前ロイヤルフラッシュギャングの一件で、ブルース様に“あんたみたいな孤独な老人にはなりたくない”とおっしゃいましたよね」

「あ、あの時は、デイナと別れた直後だったし、その色々うまくいってない時で……っていうか、お前いなかったじゃんか!」

「影で聞いていました。テリーが若さに乗じてとる過激な言動の数々、ブルース様はいつも許して下さっていますが、それがどれだけ心労になっているか…」

「わかってはいるけど、俺ばっかに原因があるわけじゃない!向こうだって頑固者だし、人の話聞かないし、仕事ではこき使うし、たまにサドだし」

「文句ばかりじゃないですか。本当にブルース様を愛しているんですか?」

「そりゃ勿論!!」

「そうですか…。ブルース様も貴方を愛しておいでだと思いますが、質が違います。孫を愛するようなものです。孫の我が儘を何でも聞いてあげ、甘やかしてプレゼントを買い与えるような、そんな愛情です」

「そこまで優しくしてもらってる感じは全くないけど‥……。それは別として、俺は家族としてブルースを愛してるわけじゃない。ちゃんとした恋愛感情だ」

「えぇ、そうでしょうね。でもブルース様は違う。貴方を2代目バットマンにした事で、貴方の未来を奪ったとお考えの部分があります」

「そんな…これは俺が選んだ道だ」

「でもブルース様はそういう方です。罪滅ぼしのため貴方からの要求は何でも受け入れてる 」

「そういうのが欲しいわけじゃない‥……俺がブルースを愛するように、ブルースにも愛して欲しい」

「噛んでもいいですか?」

「なんでっ?!突然、なに?!」

「いえ、ムカついたもので」

「エース怖いよっ!」

「テリー、あなたがブルース様を初めて抱いた時のことを覚えておいでですか?!拒絶するブルース様を脅していたじゃないですか」

「脅し?!違うよ!定期的にセックスすると寿命が4年のびるって研究は、まじでネットニュースに載ってて」

「それに関してはどうだっていいですし“別にそんなに長生きしたくない”って一喝されてたでしょう。問題はその後の貴方の台詞ですよ!」

「え‥……なんだっけ…‥……あの時は必死で…」

「正気に戻れと諭すブルース様をベッドに押し付けて『俺高校生だぜ?!盛りの時期なわけ!デイナとのセックスはさ、ほら、妊娠とかの危険性があるじゃん。まだ結婚とかはお互いに無理だし。それに、もしそういうことになったらバットマン活動にも支障がでる!俺にまだバットマン続けて欲しいよね?!だったらヤらせて!』でした」

「ぅわぁ‥……まじで俺そんなこと言ったの…?最低じゃん‥…」

「それに何度かブルース様を腹上死させかけましたよね」

「あ、あぁ…心臓発作‥…ね…」

「発作が起きる前には必ずブルース様が“もう無理だ”とおっしゃっていました」

「だって、いつもそういうこと言うからさ‥……今回も大丈夫かなって…」

「こんな事を繰り返してたら、いつかブルース様は本当に死んでしまいます!!」

「っていうか、ヤってる最中にエースが吠えるのって止めたいがためだったのか…」

「テリー。これでも貴方の想いは“本当の愛”だと言えますか?!」

「それだけは絶対に言える!本当にブルースを愛してる!!」

「貴方はただ発情しているようにしか見えません」

「言わせてもらうけど、俺はお前と違って獣じゃない!!発情するにしたって、愛してる人にしか手は出さない」

「手の出し方が強引だと言っているんです」

「俺らの行為を見てるんだったわかるだろ!?ちゃんと愛情がある!!」

「どうだか。ブルース様が無理をさせられているようにしか見えませんけど。もしブルース様を殺したら、例え友人だとしても貴方の首をその場で食い千切ってやりますからね!!」

「人のセックスを監視してるなんて、このエロ犬め!」


プルルルル……


『おい、例の動物病院には辿り着いたか?』

「ブルース、今度からはこの犬畜生、屋敷の外で飼おう!表面上は利口にしてるけど、こいつやっぱり闘犬だよ!!危ない!!」

「ブルース様、任務中に誤ってテリーの頸動脈を咬み切ってしまったらすいません」

『お前達に一体何があったんだ…?』

「‥……別に」

「‥……何でもありません」

『喧嘩をしても構わんが任務に支障をきたすな。先程、バーバラから連絡があった。例の動物病院でワクチンを打った犬猫が軒並み人間化してる件で、初めて飼い主が襲われた事件が発生した』

「え…?飼い主が?虐待してた腹いせにとか?」

『虐待するような飼い主がワクチン接種に連れていくわけないだろうが、馬鹿者』

「くすっ」

「エース笑うな!じゃあ、どういうこと?ゾンビみたく凶暴化するってこと?」

『さぁな、まだその傾向は聞かれていないが、その事件に関しては発情期だったらしい。飼い主の女性がレイプ被害にあった』

「可哀想に‥……」

『とにかく病院で何か手掛かりを捜せ』

「わかった」





動物病院でわかったことは、ここ1ヶ月の間にとある非常勤の獣医からワクチンを打たれた動物達が被害にあっているという事と、その獣医は最近になり急に連絡がとれなくなり病院側も困惑しているという事実だった。


「ブルース、どうやら犯人は獣医一人の仕業らしい。他の職員はシロだ」

『そいつの自宅に行け』

「もう来たけど藻抜けの殻だった。今エースが匂いで何か手がかりがないか探ってるところ。どう?」

「私に注射を打った男に間違いありません。ただ、匂いだけで後を辿ることは難しいかと…」

『その男の情報を送れ。詳しく調べる。お前達も帰って来い』

「わかった」





ブルースが調べた結果、獣医は昔、違法の動物実験に携わっていた科学者であり、ブルースがバットマン時代に壊滅させた組織の職員だった。数年前に釈放されてから、正体を偽って例の動物病院で非常勤獣医をしながら、どうやら今も闇の組織に絡んでいるようだった。


テリーは引き続き男の行方を探しつつ街の治安を護るためケイブを後にした。

ブルースはエースの血液を分析し、解毒剤作製に取りかかり始めた。


「この事件、愉快犯で終ればいいんだが。大規模な陰謀が絡んでると厄介だな」

「申し訳ありません……」

「何故謝る?」

「注射の時、私がワクチンの異変に気が付き、その場で奴に噛みついていれば解決したものの……注射の恐怖で冷静でいられなかったものですから…」

「それを言うのであれば、私が気付くべきだった。獣医の異常性を見抜けなかった私の責任だ」

「いいえ、違います!!ブルース様は暴れる私をなだめ押さえるのに必死だったではありませんか!私があんなにキャンキャン嫌がらなければ……」

「いや、まぁ…お前の注射嫌いは今に始まった事じゃないからな。どうしても苦手なものは誰にでもあるものだ」

「ブルース様っ」


エースは感極まり、ブルースに抱きつくと犬の時にするように主人の首筋に顔を擦り付けた。戸惑ったのはブルースの方で、こんな風に人間から甘えられることがなかったため、持っていたビーカーを危うく落としそうになった。


「エ、エース、離れてくれっ」

「すみません、苦しかったですよね?」


ブルースはなんと言おうか悩んだが、結局話題を変えることにした。


「お前のサンプル以外にも、被害にあった動物達の血液と細胞サンプルが必要だ。今から出掛けるぞ」

「ブルース様と街にお出掛けですかっ!嬉しいです!!」

「わかったから抱きつくな」





街へと下りてきたブルースとエースは、既に調べてある被害者達の家を訪ねていた。

世間に顔が知られているブルースは車の中で指示を出し、エースは警察官を装い飼い主に説明と被害者(元は動物だが)からサンプルを採集する役目を果たした。捜査許可証は既にバーバラから受け取っており、それを見せれば大概は話がスムーズに進んだ。その上、見目も良く丁寧な対応をするエースにみな協力的だった。


30個目のサンプルを持って、エースは車内へと戻ってきた。

「良くやった」

何時もの癖でブルースが頭をくしゃりと撫でてやると、エースは満面の笑みを浮かべた。相手がテリーであれば一言「いい仕事だった」を数回に一回言う程度のブルースであったが、愛犬には非常に甘かった。そうなるとエースも更に頑張り、最終的にサンプルは50を越えた。時計を見れば時刻は20時を過ぎていた。


「どこかで夕食を済ませて帰るか」

「はい!」


着いたのは高級フレンチの店だった。

一般人は利用が不可能であり、著名人でも完全予約制のそこにアポなしで行ったブルースだったが、そこはさすがの大富豪である。支配人が直々に案内してくれた。


数百万はするであろうアンティーク家具と宝石で作られた照明で統一されている豪華絢爛な店内は、初めて訪れた者もそうでない者も圧倒される場所であったが、それよりも更に高額なものに囲まれて暮らしているエースにとっては全く興味のない事象だった。

それよりも、愛する主人と共に外食に来ているのだという事実が堪らなく嬉しく、気付かぬうちにブルースにピタリと寄り添い歩いていた。

ブルースは愛犬が人間化していることをすっかりと忘れており、歩きにくいな程度しか思っていなかったが、周囲の客はみなぎょっとし、店内は一時騒然とした。

それもそのはず、数十年前からメディアへの露出が極端に減り死亡説まで出たことのあるかの大富豪ブルースウェインと、謎のイケメン過ぎる若者が近すぎる距離感で歩いているのだ。何やら危ない気配を感じるのも仕方がないことだった。





肉を美味しそうに食べるエースを、ブルースはスープを飲みながら眺めていた。


「美味しいか?」

「凄く美味しいです!!」

「そうか、良かったな。私の分もお食べ」

「いいのですか…?ブルース様はいつもスープしか召し上がらないのですね」

「栄養バランスは考えてる。ミキサーにかければ出来上がるしな」

「料理が面倒なのですか?」

「そういうわけじゃないさ。まぁ…キッチンの使い方をよく知らないのは事実だが」

「失礼とは存じますが……ブルース様は食事をあまり美味しそうに召し上がらないなと……いつも思っておりました。今も……」

「そんな顔をしてたか。悪かった。昔は違ったんだがな……。アルフレッドが亡くなってから……彼の料理以外は美味しいと思えなくなったんだ」

「お部屋に置かれてるお写真の方ですか……?」

「あぁそうだよ。私が生まれてからずっと傍にいてくれた大切な人だ。とても大事な人だった…」

「ブルース様……」




食事を終え、帰路につくと、ブルースは早速血液データを分析し幾つかの血清を作り細胞サンプルにそれらを注射した。


「一先ず今日のところは終わりだ。明日、細胞がどう変異したか調べるぞ」

「お疲れ様です、ようやく寝れますね」

「その前に風呂だ」

「いってらっしゃいませ」

「何を言ってる?お前もだ」

「え?」





広い浴槽は成人男性二人分をなんなく受け入れたが、エースの心はそれを受け止めるには足りなかった。

滅多に日に当たらない生活をしているブルースの肌は青白いのが常だが、浴槽に浸かり暖まった今は薄桃色になっていた。エースは目のやり場に困っていた。その上、先程ブルースは、犬の時に体を洗ってくれるようにエースを洗ってくれたのだが、その時からエースの中で何とも表現しがたい妙な感覚が沸いてきていた。


「おい、エース」

「は、はい」

「のぼせたか?」

「?」

「鼻血が出てるぞ」


ぽたりと垂れた血が湯に溶けた。真っ赤なその滴を手の甲で拭い見れば、何故だか胸がざわついて、急いでエースは風呂から上がった。




その晩、


「ブルース様、おやすみなさいませ」

「おい、エース。床に寝るつもりか?」

「えぇ、ここが私の定位置ですので」

「今のお前の身体は人間だ。そこだと痛めるぞ。私の横が空いてる。ここで寝ろ」

「‥……あ、では…ソファで寝ます」

「隣はそんなに嫌か?」

「いえ、そういうわけでは!!いいのですか‥…?」

「あぁ」


ベッドに入ると、ブルースはいつも犬にするようにエースの髪を撫でた。


「人間になっても同じ手触りなんだな」


気持ちよくなりエースが目を細めていると、ブルースの手が滑り降り、彼の頬を優しく撫でた。エースの身体に気持ちいいよりもさらに強い、ぞくりとした快感が沸き上がった。はっとエースが目を開けば、美しい碧瞳が自分を映していた。目尻のシワを深くして、ブルースが微笑んだ。


「エース、いつも有り難う」

「い…いいえブルース様。虐待され闘犬として育った私を救って下ったこの御恩は、言葉でも行動でも到底現しきれません。この命、貴方に捧げる覚悟です」

「いてくれるだけで充分だ」

「ブルース様‥……」

「おやすみ、エース‥……‥……愛してるよ」


“私もです”

しばらくしてやっと絞り出た声は掠れており、目を閉じたブルースには届いていなかった。


テリーは込み上がってきた熱い何かを飲み下すのに必死だった。胸と気管の間辺りに、何か重たい鉛のようなものが詰まっている気がした。息苦しさが更に拍車をかけ、心臓が異常なほど早く脈打ち始めた。眠るブルースを見詰めていると、下半身がむず痒くなり、じっとしていられなくなった。


ブルースの寝息がやけにエースの耳についた。布団から出ているブルースの指先に急に触れたくなったが、駄目だと意識をそこから逸らそうと思えば思うほど横にいる主の存在が気になってどうしようもなかった。


ブルースの伏せている睫毛は髪と同じく銀糸のようで、全体的に色素が薄い顔は、まるで陶器のようだった。その真ん中にある通った鼻筋を舐めたいという衝動が急に沸き上がり、エースは舌を全開に出すとブルースの顔ギリギリに近づけ、停止した。


もし触れればもう後戻りできないと脳が警報を鳴らしていた。


股間が熱く、自分のペニスが勃起していることが自覚できるほどに興奮していた。腰がかくかくと動きそうになる。いつも犬の身体の時、ブルースの足元にまとわりつくような感じで、この体を押し付けたい。いや、それ以上だと思った。

あの若者と同じように、この人を組み敷いて、股を開かせ、己の猛ったものを挿入したい。この孤独な人の身体だけでなく、心の中にも入り込みたい。貴方は一人じゃないと、貴方をこれほどにまで愛しているのだとわかってもらいたい。何もかも、この命もすらも彼に注ぎ込みたい。

奥深く、根元まで埋め込んで、わからせてやりたい‥……





‥……‥……スっ、ぇーーす、エーースっっ!!!」


ブルースの叫び声にエースは我に返った。気が付けばブルースの真上に乗り上げ、シルクで出来たパジャマを引きちぎっている状態だった。ブルースは荒い息を繰り返しており、その口端からは血が流れていた。明らかな抵抗の後と、自分がしでかしたことが目の前に広がっていた。

エースは弾かれるようにしてベッドから抜け出すと、足をもつらせ、その場にうずくまった。


「ぁ‥……あぁ‥……」

「エース、落ち着け。私は大丈夫だ。突然どうしたんだ、暴力衝動か?」

「私に触れないで下さいっ!何をしでかすかわからない!!ここから逃げてっ、どこか安全な場所でテリーを呼んで下さいっ」

「お前を放っておけるわけがないだろう」

「このままだと私は貴方を襲ってしまいます!最悪、殺してしまうかも知れない‥…っ」

「そうか、わかった。取り合えずテリーを呼ぼう。だが私はここにいる。お前もここだ」

「ご冗談を‥…。助手に、飼い犬に犯されている所をお見せしたいのですか?」


ブルースは片眉を上げた。


「やれるものならやってみろ。私は飼い犬に手を噛まれる程やわではないし、欲望に負けるような愚かな犬を育てた覚えはない」

「ですが、あの若造にはそうだった!!手どころか身体まで暴かれて、奴の欲望を許してるっ!!」

「エース…、あの子は……」

「……罪悪感だけで……許してはいけないことだってあります。テリーは貴方を愛していると言うけど……、あんなの愛なわけない……っ!私の方が貴方を愛してると思ってた…そう思ってたのに……うっ、うぅう……しようとした事は同じだった……貴方を真に愛してるのに……っ」


ブルースは、泣き崩れているエースの背中を優しく撫でた。


「あの子の人生にバットマンとしてもブルースウェインとしても深く介在し過ぎているのは重々承知している‥……けれどあの子を受け入れたのは罪悪感からではない。愛しているからだ」

「ブルース様…」

「お前もだよ、エース」


きぃ…………


窓の開く音に二人がそちらを見れば、バットスーツを纏ったテリーがいた。スーツで表情は見えないが、肩で息をしており、急いでここまで来たことが伺えた。マスクを外すと汗が滝のように流れていた。


「っ、念のため、盗聴機仕掛けてたんだけどっ、はぁ、はぁ、凄い物音が聴こえて、ブルースの叫び声がしたから……‥……やばい事態になってなくて、はぁ……良かった……はぁはぁ、疲れた……」

「盗聴機だと?」

「そう……、いや、まぁ、念のためにね!!お、怒らないでよ!ほら、こんな風に役立つこともあったし、ねっ」

「今すぐ外せ」

「は…はい」


テリーはベッド下に潜ると、そこから、くぐもった声を出した。


「どうしても駄目?」

ブルースは飛び出ているテリーの足めがけ杖を降り下ろした。

「いででっ!わ、わかったからヤメテ!」


ブルースはテリーの取りだした盗聴機を粉砕した後、部屋の隅をみて溜め息を溢した。そこには叱られた時の犬のように、しゃがみ項垂れているエースの姿があった。

ブルースの困り顔とエースの沈んだ背中を交互にみやり、テリーは口を開いた。


「今晩は俺が見張り役になるよ。エース、別室に行こう」

「テリー、大丈夫か?」

「もし俺を襲ったら酷い躾が待ってるからな!」

「それはありません。テリーには性的魅力を感じませんので」

「おい!お前まじで失礼だなっ!」




客室に移動した二人は、なかなか寝付けずにいた。


「テリー‥……昼間のこと申し訳ありませんでした。私も所詮は獣でした‥……。愛しているという一方的な想いだけで、あの人を犯すとこだった‥…自分が不甲斐ない…」

「俺には責めれないよ。俺もそうだからさ……。お疲れさま」

「テリー……」

「ところで抜かなくて辛くないの?」

「抜く?」

「出さなくても平気なのかって。ちなみに俺はお前に抱かれる気は全くないからな!浴室で一人でやって来いよ」

「意味がわかりません」

「っだから、オナニーしてこいって言ってるんだよ!高まり過ぎたら、今度は俺を噛み殺して、ブルースにのし掛かりに行くかも知れないぞ!それだけ性欲ってもんは危ないんだよ。挿れたくて仕方がなくなって、もうそれしか考えられなくなるんだ……」

「そうですね……経験しました……」

「じゃ、行ってこい」

「ちょっと待って下さい。やり方を知りません。犬は人間と違って自射行為はしないもので……」

「まじかよ……くそっ。手でさ、やるんだ。自分の竿握って上下にすりながら、頭の中でブルースにいれてる想像をすればいい」

「貴方の場合はデイナですか?」

「いや……う〜ん……ブルースと出逢う前はそうだったけど最近は……。彼女になんか申し訳ないよな」

「ブルース様にやることやっといて今更なにを。取り合えずチャレンジしてきます」







翌朝、細胞サンプルは良い結果を示してくれていた。一番効果的だった血清に更なる改良を加えたあと、ブルースは治療薬を大量に作り始めた。

一方、テリーはバーバラからの情報もあって、エースと共に無事に犯人を捕まえることに成功した。

完成した治療薬を警察に受け渡し、彼らの濃く短い使命は終わった。





ブルースはエースの腕から注射針を抜き、アルコール綿で血を拭ったあと、ガーゼを貼った。エースは器用に動くブルースの指先を目で追っていたが、声を掛けられ、はっと顔をあげた。


「明日の朝には犬に戻れるだろう」

「ありがとうございます」


かちゃかちゃと医療キッドを片付けるブルースの背中を見ていると、エースは何故か泣き出したくなった。

もう二度と彼と言葉を交わすことはできない。この手で触れることも。どれだけ愛しているかを人として表現することはできなくなる……。


エースの中で覚悟が決まった。

彼は泣き出しそうだった顔を一変させ、決意めいた顔をして声を出した。


「ブルース様!今晩は一緒に寝てもいいですか?」

「あぁ、別に構わないが」

「じゃあ俺も!」


ひょこりとケイブに顔を出したのは、任務を終え一度家に寄ってから来たテリーだった。ブルースは労いの言葉を掛けるより先に、眉間にシワを寄せた。


「はぁ?その必要はない」

「あるよ!エースがブルースを襲わないように見張らないと」

「そうですね、私も自分を律する事が出来るか不安ですから、その方が有り難いです」

「仕方がないか……」


背後で若者二人が何やら目配せをしていることに、ブルースは気が付かなかった。







「って、近い!!」


ベッドの中、両脇を17歳と犬人間に挟まれているブルースが叫んだ。ブルースのベッドは広い。キングサイズを3つ足した位の大きさである。面積的には3人寝ても十分に余裕があるはずなのだが、いかんせん彼らの距離は異常に近かった。


それでも一向に離れてくれる気配がない二人になかば呆れながらも、ブルースは眠りについた。連日、この事件のせいで忙しく、疲労困憊の老体はすぐに眠りに落ちた。


が、その眠りは2時間も経たずに取り上げられる事となった。


体をまさぐられたのだ。


最初は寝相の悪さから体が触れたのかと無視したブルースであったが、彼が何も言わないことに味をしめたのか、触れてくる手や脚は次第に明確な欲望を帯始めていた。それでも無視し続けたブルースの耳元に、若者が生暖かい息を吹き掛けた。


「エッチしたいなぁ」

「……馬鹿言うな。エースが隣にいるんだぞ」

「私もテリーに賛同します。ブルース様、彼と話し合ったのです。こんな機会は滅多にないと、いや、もう二度とないだろうと……」


体をまさぐる手が4つに増え、ブルースは青ざめた顔で二人を交互に睨みつけ牽制をした。


「ちょっと待て……おい、3人なんて無理だ」

「3Pか……そういうの嫌だって思ってたけど、何でだろ、今は凄いしたい」

「エ、エース、こいつを止めろ」

「ブルース様、どうか御慈悲を」

「おっ、お前ら私を殺す気か……!?」

「大丈夫です、細心の注意をはらいます」

「ブルース、こんな機会滅多にないよ」

「いらん!おい、体に触るな!私は同意してないぞ。もしそれでも続行するならば、これはレイプだ!」

「訴えますか?」

「17歳と飼い犬に犯されましたって?」

「くっ!ずるいぞ貴様ら、年寄りを苛めて何が愉しい?!」

「こんな時だけ年寄りぶる方がずるいと思うけどなぁ」

「ブルース様、明日人間に戻らなけれないけない私に、どうか想い出を」


エースから潤む瞳を向けられ、ブルースは悔しそうに唇を噛み締めた。





彼らはみな一糸纏わぬ姿になっていた。


テリーがブルースの薄い唇を貪るようにしてキスをした。無理矢理に舌を押し込めば、逃げるようにブルースの舌は奥へと移動した。

押し退けようとしてくる手を頭上にまとめあげ、さらに口腔内を蹂躙すれば、くぐもった声というよりは悲鳴にも近いブルースの声が彼らの鼓膜を震わした。テリーもエースも己の性器に血流が一気に昇ったのがわかった。


先に我慢の限界がきたのはエースの方で、ブルースの膝裏を掴み、膝を曲げさせながら開脚させた。主人のあられもない姿をみてエースの性器は一段と大きく膨らんだ。

足を閉じようと意地になっているブルースの股の間に胴体を入れると、ブルースの太股を両脇で挟み抑え込み、自由な手首と指先でもって自分のペニスを上下しオナニーを始めた。想像で組み敷いたブルースと本物とは格段の差があった。想像上よりも美しく、セクシーで、気品があった。


オナニーに夢中になっているエースの隙をついて、ブルースは脚を抜こうとした。

「いけない子だ」

テリーはブルースへのキスを止めると、ブルースの脚を掴み左右に大きく広げた。


「やめろっ!!」

「エース、先を譲ってやるよ」


テリーの言葉はもうエースの耳には入っていなかった。自分の前で、大きく脚を広げ恥部をさらけ出している主人の姿しか頭を占めていなかったのだ。


エースはブルースのアナルにペニスを押し当て、滲む先走りを擦り付ける様にして何度も行き来させた。ブルースはひきつるような呼吸をしながら、エースに向かって「やめてくれ」と哀願した。


エースは酷く辛い気分になったが、それは主人を今から犯すからではなく、もう二度とこんなブルースの表情を己がさせることはないという事に寂しさや虚しさを感じたからだった。そう思えば今後もこの顔を何度も見れるテリーが憎らしかった。


「ブルース様、お慕いしております」

「ぇ…、エース……、頼む、やめ」


エースはぬるっと滑った先にあった窪んだ穴にペニスが落ち着くと、そのまま挿入した。

腸内の抵抗があったのは最初の内だけで、亀頭が入ると、あとは吸い込むような蠕動運動により、すんなりと竿も入っていった。エースは気持ちがいいということしか考えられなかった。


「うっ、うあぁ、苦し…いっ……」


苦悶の表情を浮かべるブルースを無視し、エースは己の快楽がために強めに腰を押し進めていった。ブルースの腸壁の圧迫が、エースの性器の血流を押し留め爆発させようとしてきた。

エースはブルースの膝に手を置くと激しく腰を振り始めた。ブルースはきつくシーツを握りしめ、その衝撃に耐えようとしていた。スワッピングに合わせて、ブルースの口からは苦しそうな呻き声が上がった。


その様をしばし傍観していたテリーであったが、どう見ても辛そうなブルースの様子に、もしかすると自分達の最中はこんな風になっているのではないかと反省しはじめた。だからあんなにもエースは俺を責めたのかもと。しかし今はその張本人が興奮に我を忘れているようだった。ブルースの体内から出ては入っていく巨根はある種の凶器だった。


目頭と目尻に涙を溜め始めているブルースをみて、テリーの中で可哀想と可愛いという感情がせめぎあっていた。少しでも辛さを紛らわしてやろうと、テリーはブルースの萎えているペニスを触った。


「あぁっ!や、やめ…っ!」

「ごめん、見ていられなくって。おいエース。ブルースが可哀想だ、もうちょっと優しくしてやれ」


エースは冷たい目をテリーに向けると、ブルースに覆い被さった。

必然的にブルースの臀部はエースのペニスに引っ張られるようにして持ち上がり、折り曲がった腹部で内臓が押し潰されブルースは小さな悲鳴をあげた。


エースはその口に舌を差し込むと、腰の動きと共に口腔内を蹂躙した。ブルースは狂うように暴れ出したが、それを無視してエースが行為を続けていると、びくびくと下肢を痙攣し始めた。


テリーの手の中で、ブルースのペニスが緩く勃起していた。テリーはもう片方の手で自身のペニスを握った。ガチガチに固くなったそれは、早くこの人の中に入りたいと主張していた。


「あっ、ぁあ、ブルース様っ、くっ」


エースはペニスが入ったままブルースを反転させ四つん這いにさせると、獣のマウントのように背後からガツガツと腰をぶつけた。無意識に前方へと逃げようとするブルースの腰を引き戻し、エースは己の猛りをぶつけた。


「あっ!!あっ、あっ、ん、あっ、はぁ、っあ、」


揺さぶられる度に矯声を上げるブルースを見て、テリーは生唾を飲んだ。


「やばい。エースはやく代わって」

「犬はっ、射精しないと、うっ、抜けないんですよっ、もうすこしっお待ち、くださいっ、うっ、あ、ブルース様っ、気持ちいいですっ、あっ」

「ん、あっ、ぁ、て……りぃ、たす、っけ、てっ、」


潤む瞳で助けを求められても煽られているようにしかテリーには映らなかった。別の男に掘られながら、自分の名前を呼ばれて嬉しくないわけがない。


テリーは居てもたってもいられずブルースの過敏になっている性器や横腹、乳首をまさぐりながら、片手で自身のペニスを擦った。


そういう助けが欲しいわけじゃないとブルースの頭の中には抗議の考えしか浮かんでいなかったが、口からは絶え絶えの息しか吐き出せなかった。テリーの愛撫にビクビクと跳ねるブルースの腸内がぐっと締まり、エースは獣の唸り声を上げて果てた。


ブルースの体内からずるりと出たソレは射精したというのにまだ長く太かった。脱力し崩れたブルースを仰向きにさせ、その腹筋の上にテリーは射精をした。ザーメンが広がり、てらてらと腹を艶目かした。


ブルースは放心した虚ろな目をして、はぁはぁと呼吸をしていた。その呼吸に合わせ、パクリと開いているアナルも閉じたり開いたりを繰り返していた。


テリーがそこに指を差し入れると、びくりとブルースの腰が跳ねた。ピンポイントで前立腺だったその場所を、テリーは押すようにして刺激をした。ぴちゃぴちゃといやらしい音を立て、中出しされたエースの精液が漏れた。


「ぁ…、あ…、はぁ…ぁあ…」


ブルースの口から甘い吐息が漏れ始め、ペニスもピクピクと震えていた。


「ブルース可愛い……。愛してるよ」


テリーはブルースの片脚を抱き軽く横向きにさせると、その体勢で挿入を開始した。


「ぅあぁあっ」


妙な角度で腸を刺激されブルースは呻いた。苦しそうなその様をみかねてエースはブルースのぺニスを犬のように舐めてしゃぶった。


「ひぃ、ぁ、やっめ、も………無、理、」

「ブルース、いいよっ、すごく、気持ち、いいっ」


テリーが激しく腰を揺らした。パンパンっとテリーの張り詰めた睾丸が肌にぶつかる音がし続けた。エースはフェラをしながらブルースの肌を楽しむように全身に手を這わせた。

ブルースの頭の中は真っ白になり、とある単語が浮かんでいた。


「し…っ…死、ぬ……っ」


恐ろしい台詞を吐き、がくりと気を失ったブルースを前に、二人の熱は急激に冷めた。


「や……やばい……っ!ぶ、ブルース?!ブルース?!」

「ブルースさまぁあああ!心臓はっ!う、動いてます!」

「みゃ、脈もあるけどっ」

「ど、どうしましょうか?!」

「朝まで待って、目が覚めないようなら…」







「それで、目が覚めないから私を呼んだってわけね」

「「はい……すいません」」


正座をしている二人の前には仁王立ちをしているゴードン市警本部長がいた。


「命に別状はないわ。気絶しているだけよ」

「よ……良かった……」

「ちっとも良くないわよ。マクギニス、あなた彼女がいながらブルースに唾をつけてるなんて、その根性が許せないわ。この人も大概バカだけれど、若造に遊ばれていいような人じゃないの。それにエース、あなたまで一緒に襲い掛かるなんて。犬に戻ったら去勢決定だわ」

「そ、それだけはっ」

「去勢か(笑)」

「テリー、あなたもよ。世の中には貞操具っていうものがあるの。知ってる?」

「すいませんでしたっ!!」

「まぁ、それは最後の手段にとっておくとして、まずはたっぷり叱られなさい」

「「……はい」」

「あら、随分聞き分けがいいのね。誰に叱られるかわかってるのかしら?」

「ブルース様ですよね……?」

「違うわ。あの人が叱っても逆効果でしょ。あの人が捕まえたヴィラン達はみんな再犯率が高いの」

「俺達はヴィランじゃな」

「おだまり!似たようなものよ。ヴィランよりタチが悪いかも知れないわ。さてと…もうそろそろ来る頃かしら」


コンコン

ノックの音がし、ゆっくりと開いた扉の先にいたのは…


「わざわざ来てくれて有難う、ナイトウィング」


バーバラにニコリと微笑み返した男の、瞳の奥に潜む冷たさと怒りを感じ取り、テリーとエースは身震いした。







意識は取り戻したが、今だベッドから動けずにいるブルースの前に、バーバラが液晶タブレットを差し出した。そこには、ケイブでぐったりと倒れ込んでいるテリーと犬の姿のエースが映っていた。


「バーバラ……一体何があったんだ?」

「ディックが来たの。もう帰ったけど」


ブルースは一瞬で何かを悟り、口をつぐんだ。


「貴方の寝室に暗証ロックを取り付けたわ。暗証コードは私しか知らない。貴方の場合は網膜スキャンでも入れるよう設定してあるわ」

「なにもそこまで……」

「ディックにも教えなかったわ。彼は大昔に前歴があるから」


バーバラは昔の記憶を思い出すと、怒りを携えた恐ろしい笑みを浮かべた。


「私という恋人がいながら貴方に手を出すなんていい度胸よね。それを許した貴方も」

「あ……あれは……」

「でもいいの。あれで見切りをつけれたから。サムを選んで正解だったわ」

「…………」

「ねぇブルース。愛してるからとか理由をつけて許してきたんでしょうけど、本当は寂しいだけなんでしょ?」

「そんな事は……」

「ないとは言わせないわよ。表面だけ受け入れても、相手の心を受け入れようとしないからみんな貴方の元を去っていくのよ。それが証拠でしょ」

「………」

「厳しいことを言うようだけど、あの青年もいずれ貴方の元を去っていくわ」


ブルースは自分の老いた手を見詰めながら、自虐的に微笑んだ。


「テリーに関しては私の方が先に逝くかも知れないな」


バーバラは額に手を起き眉根を寄せた。しばし顔を伏せた後、大きな溜め息をついた。


「寂しい癖にどうして自ら孤独になろうとするのよ……。チャンスは何度もあったはずよ。貴方を孤独から救い出してくれる人がいたじゃない」

「……あいつとは違いすぎた」

「だから好きになったんでしょ?」

「バーバラ、よしてくれ」

「今も時折ゴッサムに来てるわ。貴方の無事を確認するために」

「知ってる……」

「じゃあ何故?彼以外からの求めは許すのに、どうしてスーパーマンのことは受け入れないの!?」

「その名を言うな!………頼む…」

「ブルース、貴方には幸せになって欲しいの」

「私はお前達が幸せならそれで」

「だったら尚更よ。私達もブルースに幸せになって欲しいのよ。男どもは軒並馬鹿ばかりで、自分こそが貴方を幸せに出来ると思っているようだけど、貴方を幸せに出来る人は一人しかいないわ」

「私は……っ、私は彼を幸せにしてやれない。彼に釣り合うほどの価値など…もう……ないんだ。私がいない方が彼は幸せになれる」

「年を取って卑屈さに磨きが掛かったわね。まぁ、どうするかは貴方次第だけど、あの子達で寂しさを誤魔化すのはどうかと思うわよ。双方ともにね。あとで余計に寂しくなるのは過去に何度も経験してきたでしょ?」


ブルースは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。





バーバラが帰ったのち、ブルースはいつもの2、3倍の時間をかけてケイブに降り立った。


エースが情けない鳴き声をあげ、主人に近づくか近づかないかを悩むようにその場をぐるぐると回っていた。その横でテリーはむすっとした顔をし、近づいてきたブルースを睨み付けてきた。


「随分とやられたようだな」

「あぁ。あの人、絶対人殺してるよ」

「じゃあ殺されなくて良かったな」

「ムカつく!何なんだよ、あの人。何十年もあんたを一人にさせてた癖に、まだ自分のものだと思ってる」

「…………」

「ブルース」

「なんだ?」

「許して」

「……しょうがない」

「今回の事もだけど、これからの事も」

「?」

「俺は誰に何を言われようとも、あんたを手離す気はないから。例えあんたが誰を想っていようともね。今あんたの一番傍にいるのは俺なんだから」

「テリー……」

「じゃあ、また後で」


青年は軽やかに階段を駆け上がっていくと、入り口近くで振り返り叫んだ。


「無理させてゴメン!!次回はもっと気を付ける!!」


青年が消えた入口を呆然と見上げていたブルースだったが、足元に何かが触れ目を向けた。エースが伺うような視線で彼を見上げていた。

「くぅん…」

「…はぁ。お前も仕方がない奴だ」

ブルースは屈むと、エースの頭や顔を撫でた。エースは千切れそうな勢いでしっぽをブンブンと振った。







それから数日後の深夜。

ブルースは若かりし頃に使用していた寝室に来ていた。

もう何十年と使っていない部屋だ。そこで一番大きな窓を開いた。

そこから見下ろすゴッサムの街並みはすっかり変わっていた。近未来的と昔吟われていた景色が今は当たり前の世界になっている。無機物的で、人の存在を感じさせないような街になってから、ブルースは以前ほどゴッサムへの愛情が沸かなくなった。それを悲しいと何度思ったことか。

夜空を見上げれば、星だけは昔と変わらぬ輝きで同じ箇所に位置していた。


「私はこんなにも老いてしまった。お前は……どうしてる?」


しばらくの間、目を閉じ夜風に身を晒していたブルースの前に影がさした。彼はゆっくりと目を開けた。

宙に浮遊している人物は、月の光を背に受け輝く輪郭を身に纏っていた。相変わらず眩しい奴だと、ブルースは目を細めた。


「やぁ、ブルース」

「…………あぁ」

「君が呼んでくれるのなんて何十年ぶりだろう」

「さぁな」

「いくつになっても君は美しいね」

「馬鹿言うな。老眼鏡でも買った方がいいんじゃないか?」

「そうだね、更によく見えそうだ」

「ちっ」

「それで、一体どうしたんだい?」

「いや別に」

「そう?」

「……寂しかっただけだ」


クラークは目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。


「僕もだったよ」







【老人と17歳と犬と超人】



≪おはようございます、七時のニュースです≫


寝ぐせのついた髪のまま、テリーは珍しく家族で朝食をとっていた。

この三日間、珍しくブルースからの出動要請はなく、街も平穏そのもの。この機に羽を伸ばそうと昨晩はデイナをクラブに誘うも夜遊びを断られ、渋々家にいたテリーは、健康優良児よろしく21時には寝床につき夢の世界に旅立っていたのだ。つまり彼は数ヵ月ぶりに6時半に目を覚まし、この席に着けたわけである。


朝のニュース番組は、未だ寝ぼけているテリーの頭には全く入ってこず、あのホログラムのニュースキャスターをどうせならもっと美人にすればいいのにというような、どうでもいい事に意識が向いていた。


≪今年の冬も寒波になる恐れが高く〜〜≫


「あら嫌だわぁ、もうそろそろストーブの点検をしてもらわなくちゃね」

「ママぁ〜〜、ミルクおかわり〜」

「はいはい」


≪次のニュースです。昨晩、大富豪のブルース・ウェイン氏の邸宅が出火しました。火はすぐに消し止められたものの本人が未だ行方不明になっている件で警察は“事件・事故の両面から捜査していく”とコメントを発表しました≫


テリーはあんぐりと開けた口から噛みかけのハムエッグを落とした。

マスコミの取材に対して『現在捜査中のため詳しい事はお答えできません』と答えるゴードン本部長の映像が映し出され、次いでブルースの名前と顔写真が出た。

テリーの弟がそれを指差し「ママ、たまに家に来るおじいちゃんだよ」と言った。

ミルクを持って戻ってきた母親は、テレビを見て驚きの声を上げると、持っていたミルクを床に落とし辺り一面酷い有様になった。


「ミルクが!!」と騒ぐ弟。「どうしましょうウェインさんが!」と慌てふためく母親。そんなパニック状態のダイニングの中、テリーだけは何も言わず静かに固まったままだった。

「ちょっと、テリー!テリーったら!!あら、嫌だ、この子っ!!しっかりして!!」

彼はショックのあまり気絶していた。





ゴッサム市警本部では、警備員の制止を振り払い、テリーがバーバラの元へ来ていた。


「本部長!!!ブルースが行方不明ってどういうこと!?」

「あぁ早かったわね。こんな時に限って早起きだなんて、なんて間が悪いのかしら」

「どうして知らせてくれなかったんだよ!」

「大人しくして欲しかったからよ」

「どういうことだよっ!なんでそんなに落ち着いてるんだ!?誘拐されたかも知れない!」

「あながち外れてはないわね」

「何か知ってるな…?彼は今どこだ!?」

「そうね…恐らく、北極か宇宙」

「は…?そのぶっ飛びよう何?」

「いいわ教えてあげる。火災の原因はクリプトナイト放射によるもの。大方レックスルーサーか、その息子が撃ち落としたものでしょうね。スーパーマンに向けて発射したんでしょうけど、タイミングが悪く丁度彼がウェイン邸にいる時だった。だけど着弾寸前に気が付いた二人は脱出。そのままスーパーマンがブルースを連れ去ったんでしょうね」

「スーパーマンって、メトロポリスの?あの伝説的ヒーローがなんでブルースのところに?」

「友人だからよ」

「そうなんだ…そんなの全然知らなかった…。それはまぁいいとして、なんでブルースを連れ去ったままなんだよ」

「さぁ、どこかで平穏に暮らすんじゃないかしら?」

「……は?暮らすって何?二人でってこと?なんで?」

「そういう仲だからよ」

「そうなんだ…そんなの全然知らなかった…。

って、えぇええぇええええええぇえええええええええええ!?!?」

「うるさい」

「うるさくもなるよ!!どどど、どういうこと!?!」

「スーパーマンはかつて……いえ、今も。貴方とは違って紳士的にブルースを愛してる人よ」

「ちょっと、待って…え、ねぇ。かつてって……もしかしてそいつの本名って、クラーク……だったりする?」

「それってブルースが言ったの?……ふふ、やっぱりずっと好きだったんじゃないの」

「何だよその笑いはっ!全然笑えない!最悪だ!!くそっっ!!」

「あぁ、ごめんなさい。あのブルースをうまく焚き付けれたと思って、自分を褒めたいわ」

「どうしたらいいんだよ!そいつブルース返してくれるの?ブルースは帰ってくるの!?」

「さぁ、どうかしら。ブルース次第でしょうね」

「そんな……」





実のところ二人はまだゴッサムにいた。

正確にはゴッサムと隣街との境辺りに。そこにある高台に座り、街並みを見下ろしていた。


「お前、私が止めなければ北極に連れていくつもりだったのか?」

「うん……まぁ……」

「今はスーツも若さもない。とてもじゃないが無理だ」

「じゃあ、どこか行きたい場所はあるかい?」

「昔と変わっていないものを見たいが……ないだろうな」

「地球はどこも変わってしまったからね。宇宙なら」

「心臓が持たん。クラーク、私は変わってしまったんだ。出来ないことが多すぎる。お前と出来たことは……もう何もできなくなったんだ」

「そんなことはないよ。言葉を交わせる。笑い合える。寄り添うことも。一緒に出来ることは無数だ」

「ふっ、一緒か……。お前にはロイスがいるだろう?」

「ロ…イ…ス?…………あぁ!彼女がどうかしたの?」

「しらばっくれるな。お前の恋人だったろ。今は妻か?」

「はは!まだそんな事を言っているのかい?君は本当に可愛いままだね」

「なんだと?!」

「怒らないでくれよ。昔から言っての通り、彼女はただの同僚だよ。今どこで何をしているかも知らないんだ。今頃孫を抱いているかもね」

「そんなわけない」

「君が勝手にロイスと僕とを結びつけてたんだろ。僕を遠ざけたいからわざと言ってるんだと思ってたけど、本気でそう思ってたんだね」

「普通はそう思う」

「なんで?僕はずっと君の事が好きだって宣言してきたじゃないか」

「そんなこと信じられるか」

「僕が嘘をつくとでも?」


ブルースはクラークをしばし見つめると、沈んだ表情を浮かべ大きな溜め息をついた。


「時間を無駄にしてきた……」

「そんなことはない、まだまだこれからさ」

「楽天家め」

「そうでもないさ。でも今はとても楽しい。きっとこの先も楽しいよ」

「ふんっ」

「ねぇブルース。変わらないものがあったよ」

「なんだ?」

「君が好きだ」







日がな一日、テリーはエースと共に屋敷に籠っていた。折角早起きしたというのに、何もできないまま無情にも時間は過ぎ、外はもう真っ暗になっていた。


本来ならば夜のパトロールに行かなければならないのだが、今晩は到底そんな気分にはなれなかった。いや、もしかすると今後一切できないかもしれないとテリーは考えていた。自分の正義感はこの程度だったのかと思ったが、それを悲観することはなかった。ブルースに二度と会えないかも知れない。その事が最も重要であり、そればかりが頭を占めていた。


その時だった。玄関が開く音がし、テリーの隣にいたエースは風のように駆け出した。テリーは動く気力もなく、遠くで聞こえる犬の声をただ聞いていた。

次第に杖の音が近づいてきて、テリーの傍でピタリと止まった。


「何をしてる」

「泣いてた」

「なぜ……?」

「あんたが帰ってこないかと思ってたから」

「私はゴッサムから離れない」

「そう……」

「それに、エースにご飯をやらなきゃいけないし、未熟なお前のサポートもまだしなきゃならんしな」

「ブ、ブルース……」


ブルースに抱きつこうと走り出したテリーだったが、気が付けば何故か床にダイブしていた。

起き上がり、意味がわからず辺りを見渡せば、頭上でスーパーマンがブルースをお姫様抱っこをして浮いていた。


「やぁ、君が新しいバットマンだね。よろしく。ところで老人に体当たりは危険だから気を付けた方がいいよ」

「誰が老人だ!下ろせっ!」


スーパーマンの腕の中で顔を赤くし暴れているブルースの様子は、今まで見たことがないものだった。そこにはテリーの知らないブルースがいた。驚きの後に襲ってきたのは、燃えるような嫉妬心だった。

テリーは立ち上がると、先程から吠えまくっているエースと共に、降りてくるスーパーマンを睨んだ。


「可愛いワンちゃんだね、名前は?あはは、噛みつかれてしまった」

「がるるるる」

「エース、彼は敵じゃない。こら、歯が折れるから噛むな」

「そうだよ、怪我しちゃうからね」


繰り広げられているホームドラマのような場面に、テリーが割って入った。


「ちょっと、あんた!ブルースの何なんだよ?!」

「友人であり恋人かな」

「違うっ!コイツはただの知り合いだっ!恋人なんかじゃない!!」

「そうか、僕はまだ恋人じゃないのか。じゃあ僕はブルースに片想いしてるただの男だね。これから恋人になれるよう努力するよ。ね、ブルース」

「か、勝手にしろ!!ただし早くしろよ。お前より私の方が先に死ぬだろうからな」

「あぁ、それなら大丈夫。君が死んだら僕も死ぬから」

「そんなの私は望んでない!」

「だったら一緒に長生きしよう」

「くっ」


テリーは二人のやりとりを魂の抜けた目で呆然と見詰めていた。こんなにも腹の立つバカップルを見たことがあっただろうか、いやない。などという一人語りが脳内で繰り広げられていた。

一方でエースはスーパーマンのマントを全て食いちぎる勢いで噛み続けていた。


そんな17歳と犬の気持ちなど露知らず、老人は遅咲き過ぎる恋の花をようやっと咲かせ始めたのだった。



2015/10/21





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