ケース1:隊員No.C-X208XX1 『絶対に殺すな』 上官が偉く緊張した面持ちで言った。ゴッドの命令は絶対だ。そんなわかりきっている事にわざわざ“絶対”と付けるくらいなのだから、どれだけ本気かがわかる。生け捕りにしなければ我々の命は無いだろう。 そもそも捕まえること事態が難しい相手だ。作戦開始からもうすでに数か月が経っている。これで今回捕まえる事すらできなければこの部隊もゴッドの手によって消されるだろう。既に仲間が数百人規模で滅されている。それでも反乱が起きないのは、彼が神だからだ。神にどう逆らえというのだ。そんな者、人類が誕生して以来誰も出てこなかっただろう。今から会う男以外は。 受け渡し場所に奴が現れた。始めて見たコウモリは大男だったが、所詮は人間だ。ゴッドとはオーラが違う。本人自らが登場するのだから奴らのレジスタンスは相当数が減ったのだろう。 ゴッドが統治した世界はただ一部を除いては平和になった。安全地区で密やかに暮らしていればよいものを馬鹿な奴らだと思う。人類は人類の手で護るという無謀な思想を持っている奴らは、野蛮な原始人のようだ。ゴッドが招き入れた宇宙外生命体とは元より、今や同じ人類である我々とも容赦ない殺戮をし合っている。 そもそも人間が地球を守ることなど不可能なのだ。ゴッドが鮮やかな赤と青を身に纏い空から現れた時点で、我々は気付くべきだったのだ。この強大な力の前では人間などどう太刀打ちもしようもないのだと。 ただ、いま目の前で暴れている男のように、何時まで経ってもそれを受け入れない輩もいる。この絶対的不利な状況でもコウモリ男は投降しなかった。殺さずに捕まえろと言った上官が目の前で殺された。その瞬間、奴が悪魔に見えた。こいつは危険だと脳が騒ぎ、脚が固まった。仲間達が無我夢中で奴を取り押さえ、最後はクリーチャーの一撃によりコウモリ男は意識を失った。そ、そうだ、所詮は人間だ。ただの人間なのだ。 ◇ “ゴッドが現れる時、鼓膜が劈けそうになる。人間が作り出すどんな戦闘機よりも恐ろしい音だ” 2か月前、今は亡き戦友が言っていた言葉だ。俺は身を持ってそれを体感した。砂埃が舞い、視界が覆われた。その中で膝まずきゴッドの足音に耳を済ませた。あれだけの轟音を立てて現れたにも関わらず、足音はまるでゴーストのようにしない。それでも目の前をゴッドが通り過ぎたのはわかった。未だかつて感じた事のない空気の変化だったからだ。身を切られるような……怒りを感じた。 精肉工場のように吊るされていた兵士が焼き殺された。声が出ないよう肺から焼くのだろうか?奴らはさほど苦しみもせず、ただの肉塊になり崩れ落ちた。狭い壕内に人肉の焦げる臭いが充満した。マスクをしているにも関わらず、鼻につく酷い匂いだった。 その中で、コウモリ男が素顔を晒されていた。あぁ、こいつ…は…知っている。テレビで観た事がある。いささか老けはしたが、かつて存在していた“ゴッサムシティ”の有名人だ。 ゴッドが胸に手を置いて数秒。あのブルース・ウェインが叫び声をあげた。まるで胸を貫かれたような呻き声だったが、ゴッドの手は胸から一つも動いてはいなかった。叫びが止み、現場は静寂に包まれた。その数秒後、ウェインは大量の血を口から噴き出した。しぶきがゴッドの顔を濡らした。 「…ぁ…は。ぁはは。あはははは。あははははは!!!!」 ゴッドが肩を震わせ嗤い出した。それは異様な光景だった。治まった血を、唾を吐くように意図的にゴッドに吐きつけ、ウェインは鋭い目つきでゴッドを睨んだ。今やゴッドの目を正面から見据えれる者などいない。側近でさえもできない行いだ。 「ぉ前は…俺から…ゴッサムを奪い…人々を殺し……っ、彼を殺したっ!!」 「あぁ…君のパトロンだった彼かい?」 「違う!!!」 「じゃあ君の情夫?それとも君が情婦?」 「彼を侮辱するな!!!」 「家族であり、友であり、仲間であり……君の全てだった人、かな?大切な人を亡くした哀しみはよくわかる……だから殺した」 ゴッドが手の甲で、ウェインの口から流れる血を拭った。そして柔らかな物に触れる様な優しい手つきで頬を撫でていた。 「ロイスが死んだのは君のせいだ。母が死んだのも君のせいだ。君はマーサを二人も殺したんだぞ」 ウェインは目を見開き、今まで散々喚いていた口を閉じた。 「お前があの時…私をスピアで刺し殺した時。その瞬間に全てが狂った!母は焼かれた!!おまえのせいで!!!ドゥームズデイが世界を滅ぼしかけた!!目が醒めた私が目にしたのは、巻き込まれ死んだロイスだ!!!言いわけはあるか!?弁明をする気はあるか?!」 ウェインは何も言わず俯いたままだった。 こんなに感情を露にするゴッドを始めて見た。上層部の落ち着かない様子からしても、恐らく滅多にないことなのだろう。しばらくしてゴッドは怒声からして一転して、優しげな声を発した。 「それで…ロイスの代わりになってくれるんだろう?」 「な…に…を」 「わからないのかい?」 ゴッドがウェインの上着を引き裂けば、傷だらけの男の身体が現れた。ゲイセクシャルではないが、不思議な事にその肉体が美しく見えたのは、切迫した状況下で生きているからだろうか。そもそも、女の体などもう数ヵ月も触っていない。その上、いつ死んでもおかしくない環境だ。性欲という本能に負け、隊員同士でまぐわっている奴らもいる。ウェインは何が起こるかわかっていない顔をしていたが、我々はもう下半身まで脱がされる前に何が起こるかわかっていた。この先は酷い恥辱が待っている。両脇に転がっている焼けた死体になる方がまだマシだと思えるだろう。 「適当に遊べ。ただし殺すな。10時間経ったら私の下に連れて来い」 ゴッドが砂煙を上げ消え去った。上層部の者達がウェインに近付いた。「やめろ、触るな、汚らわしい!」まるで傲慢な王女のような台詞を並べたて奴は暴れていた。身を捩る度に手枷が耳障りな音を立てる。殴られ呻く音が聞こえた。 ゴッサムの寵児と持て囃されていたあの男が、コウモリ男の正体であり、そして今日から女のように使役させられるなんて。笑いを通り越してもはや憐れだ。ゴッドに守られなければ人類の行く末もこれと同じだろう。宇宙人に凌辱されるほかないのだ。 10時間…ゴッドの元に運ぶとして数時間を引けば、ウェインを犯せるのは恐らく上層部だけだ。テレビで美女に向かっていけすかなく笑っていたあの色男が、男に犯される時はどんな顔をするのだろうか。そんな事を考えながら仲間と共に焼け焦げた死体を運び出し、地上で煙草を吹かした。火山灰の舞う上空は常に灰色をしている。ここから数百キロ離れれば、青い空と緑に覆われた大地がある…はずだ。今はどうか知らないが一年前には存在していた。レジスタンスが壊滅すれば祖国に戻れるはずだ。それだけが支えだ。 『奴をゴッドに送り届けろ』 上官の指示で壕に戻れば、雄臭い匂いに咽返りそうになった。ウェインは気を失い、膝を曲げて吊り下がっていた。体重を支えている手首が千切れそうだ。股から太腿、足首にかけて幾つもの血筋が流れていた。 「がははは!!処女だ、処女!」 椅子に腰掛け、自身の下腹部を部下に拭わせている将軍が笑った。あぁ、今日はこの人がいたのか。男女構わず捕虜を壊す事が大好きなイカレた将軍だ。 ウェインの顔は血を失い青白く、奴の涎まみれになっていた。まさかこんな状態でゴッドに渡せるわけがない。仲間と共にウェインの身体を拭いた。乾き始めた下肢の血を拭っている際、性器に異変を感じた。尿道から何か棒のようなものが出ている。 「あぁ…これな、将軍のやり口だ」 既にこの場から立ち去っている将軍に呆れるような口調で、仲間がそう言った。 「犯される痛みとショックで放尿する男が多いから、将軍は最初に棒を突き刺すんだよ。その痛みで気絶する奴の方が多いってのにな」 「抜くか?」 「漏れるだろうから気をつけろ」 引き抜けば痛みでウェインが目を覚ました。 「ぃあ゛ッ!!あァあ゛、やッめっ」 棒を床に投げ捨てると、想像とは遠く、奴はちろちろと少量だけ尿を零した。痛みを噛み殺したような呻きを上げた後、奴は再びぐったりと脱力した。 ゴッドに送り届ける間、粗悪な道のせいで揺れる荷台の中、別の揺れも相乗していた。仲間で回している間、奴は大人しいものだった。もっと嫌がるなり、怒るなりするかと思っていたが拍子抜けだった。それとも余りにもショックだったのだろうか、奴は薄らと目を開けた寝惚けた様な表情で揺すられていた。将軍が言っていた通り、処女というのは本当らしい。かなり狭くきついソコは、安いオナホールよりも使えなかった。 「これから嫌ってほどガバガバになるんじゃねぇの」仲間がそう言って笑った瞬間、ウェインが冷たい目でこちらを見た。思わず身が竦んだが、仲間の誰も気が付いていないようだった。「お前ももう一発いくか?」「いや、いい……」仲間の問い掛けにそう返すと、一瞬だけ、ほんの一瞬だけウェインが口角を上げた気がした。ぎょっと見返すと、次の瞬間には奴は目を閉じていた。 要塞の入口で待機していた別の部隊に奴を預け、任務は終了した。あとは残党のレジスタンスを一掃すれば故郷に帰れる。ようやく終りが見えてきた。その晩の酒は格別にうまいと感じた。 一週間をかけレジスタンスを2つを潰した。目の前で人間が燃えるのを見るのも、もう慣れてしまった。蠢き悶える姿はもはや人間ではなく虫にしか見えなかった。 仲間の一人が叫んだ「お前らのボスは俺らの慰み者になった」と。奴らは悲鳴を止め、一斉にこちらを睨みつけてきた。轟々と真っ赤に燃え盛る炎の中で、奴らは直立不動のまま最期までこちらを見ていた。その眼差しに寒気がした。ウェインの冷めた目と同じだった。気持ちの悪い目をする奴らだ。やはり我々とは相入れない存在だ。 帰還後、あのイカレた将軍が死んだことを知った。ゴッドに頭を握り砕かれたそうだ。現場を見た者の話だと、みしみしとゆっくりと潰されるその様は、酷いものだったらしい。さまざまなものが垂れ流れ、見れたものではなかったそうだ。聞いた話だとゴッドの指示がないのにも関わらず、ウェインでまた遊んだらしい。馬鹿なことをするもんだと仲間と話した二日後そいつが死んだ。理由は全く同じで、ウェインで遊んだと。だがこの数日間そいつはウェインがいる要塞に行ってはいなかった。だがそれはそいつに留まらなかった。いつしか要塞に来いという通達を受けた者は帰ってこないという噂が流れ始めた。 上層部が消え、仲間が消え、この部隊に残っているものはあと数名だけだ。そこでようやく気が付いた。残りの数名はあの時、そう…奴を犯している時にいなかった奴らだった。ウェインが口角を上げた瞬間の顔が脳裏に浮かんだ。 「要塞に来いとの通達だ」 兵士に告げられ、了解しましたと返事をした。乗り込んだジープの中、見上げた空はいつもと変わらぬ灰色だ。故郷どころか、青い空を見ることすら遠い夢だった。真正面を見据えている男は能面のような表情をしている。何だか返ってそれが心地良かった。 「聞き流してくれて構わない。あの男はきっと人間じゃない。これで終わらない。奴はきっともっと恐ろしい復讐をしてくるぞ」 男はしばらくしてこちらを向くと、至極真面目な顔で言ってきた。 「その危機を誰に伝えればいい?」 「ゴッドに」 「まさか」 男が初めて笑った。 「すでに内部崩壊は始まっている。今やゴッドは我々の意見を聞こうとしない。お前らがあの悪魔を持ち込んだせいでな。お前らが始めたんだ!!」 男が銃を取り出し引き金をひくのがスローモーションで見えた。恐怖は無かった。“内部崩壊が始まっている”その言葉通りだと妙に納得した。 恐らくこの世界は早々に終わるだろう。少し死ぬのが早まっ ダンッーーー…… ケース2:隊員No.A-X004X8 『ゴッドが狂っている』 にわかには信じられない報告をうけ、私は耳を疑った。しかし数日後、神の横にあの男が並んでいるのを見て、それが嘘ではないと知った。それどころか、事態は想像よりも遥かに深刻であった。 今や上層部の1/3が消えた。文字通り、骨も残らず焼かれた。神が殺した。その背後にはいつもあの男がいた。 あいつは悪魔ですと訴える私達の意見を神は聞き入れなかった。それどころか殺されるものもいた。内密に男を暗殺しようとしたが、ことごとく作戦は失敗に終わりその度に兵士の人数は減った。 あれは悪魔だ。地上から涌き出たルシファーは甘い誘惑で神を落とそうとしている。だが我々にはもうとめられない。 内部崩壊だ。 基地が壊れていく、ゴッドが悪魔をつれ宙に飛び立っていく。遠くからヘリの音がする。レジスタンス所有の音だ。奴等が攻めいる。基地が爆破されていく。世界が崩壊する。 私たちに救いはないということを、はじめて人を殺した時に理解したことを思い出した。膝をつき祈った。国にいる家族は死ぬだろうか。私はここで終わるのだろうか。大量の足音と、降伏しろという声が聞こえる。 命までは奪わないと彼らが後ろ手を縛ってきた。緑の光が天から降り注いだ。何もない荒れた砂漠の大地に草が生えたように美しかった。涙が出た。 おお、神よ。まだ私たちは見棄てられていなかったようです。 見上げれば、もつれるようにして二つの塊が落下してきていた。悪魔が神を地上に引きずり込んでいく。風を切る音が、まるで笑っていうような声に聞こえた。 あぁ、神が死ぬ。 世界が堕ちる。 ケース3:G “神”と呼ばれるようになってもう数年が経った。育ての父母が名付けてくれた名は、遠い過去のものになり、その名を知るものなど消えた。ただ、唯一彼を除いては。 「ケント。クラーク・ケント。なぁ、おい聞いているのか、クラーク」 振り向けば、一体何回呼ばせるんだと君が笑った。ブルース、愛しい人。気高く、優しい、ただの人間。だが私のしまい込んだ痛みを理解し慰めてくれた。 「コロン、まだ使ってたのかい」 それは、かつて彼の執事が使っていたものだ。 ◇ 彼を抱き空高くへと舞い上がる。 「クラーク、私を愛しているのならばどうか私を殺してくれ」 古いケロイドが残る左肩に指を突き入れ引き裂いた。ばくりと2つに裂けていく身の中で、彼は心底嬉しそうに笑っていた。痛みという感覚がないのだろうか。 途端、私は息苦しくなった。噴き出す真っ赤な血飛沫の中から、緑の光が漏れだしたからだ。彼の体内には内臓では有り得ないフィルムから例の鉱石がぼろぼろと転がりだした。 「ざまぁみろ」 彼が目を細め、血混じりの唾をはきつけてきた。 あぁ愛しき人よ、そして憎き人だ。ここまでしても私を滅したかったのか。 私の口から鮮血が漏れる。君がいつか言った「do you bleed?」答えはyesだ。ブルース、君が流させたものは深紅の血と目に見えない全てのもの。パーフェクトだ。 消え行く大地など、どうでも良かった。恐らくこの基地は壊滅する。宇宙人どもが侵略し、人類は抵抗むなしく滅びるだろう。だが、それもどうでもいい。二つに裂け息絶えた存在のことしかもう私の興味はない。 腕の中でただの肉塊になったものが、それでもどうしても愛しくて、私は泣いた。 おお神よ。もしあなたが本当にいるのなら、どうしてなのか尋ねたい。 私は……いや、僕は何のために生まれたのですか 彼は何のために死んだのですか 護りたいものは同じだったはずなのに、どうしてこうなったのですか 彼の亡骸を強く抱き締めるたび緑の光が私を蝕み血が噴水のように気管から噴き出ていく。彼と共に落下していく中で天国は地下深く見えない場所にあるものだと気付いた。 ケース4:B 暗号解析後の通信記録より アス サクセン ヲ ジツコウ スル シタイ ハ チカフカク ニ トモ ニ ウメロ ヨリヨキ セカイ ヲ ネガツテイル 2019/01/02 −メアナイトから暴君へ− |