ウォッチタワー本部


「被害者達の様子から判明したことだが、敵の能力は相手のトラウマを蘇らせ、精神年齢と記憶をその当時のものに逆行させるものだとわかった」

「おいおい、それって精神崩壊するんじゃねぇ?」

テーブルに足を乗せているグリーンランタン(ハル)が口を開いた。

「過去に乗り越えたトラウマを再体験をするだけだ。崩壊には至らない。だが戦力にならなくなる。足手まといに成りたくなければ十分に気を付けろ」





そんな注意喚起をした本人がまさかその事態に陥るなど、周囲も本人も思ってもいなかったのだが、残念ながら戦闘中、光線を浴びその場に崩れたのはバットマンだった。

みながそれに気を取られた隙に敵は逃げ出した。フラッシュが閃光のごとき早さで後を追い、グリーンランタンも追いかけた。

バットマンの元にスーパーマンが駆け付け抱き起すと、いつも険しいカウルの中の目は、くりくりと大きく見開かれており、アイスブルーの瞳がくっきりと見えた。


「おじさん誰…?」

「お、おじさ、ん!?」


固まるスーパーマンの横からワンダーウーマンがすっと出た。


「もしかして、子供になっちゃったんじゃないの?」


バットマンはきらりと光ったダイアナのティアラに映った自分を見て盛大に叫んだ。そこには、最も恐い生き物である蝙蝠によく似た生物が映っていたからだ。

そしてそれが自分自身だと気付いたブルースは慌ててカウルを外した。だが現れたその顔は見知っている自分のものではなく……大人になっていた。


「な、なんで…?え……僕…どうして…」

「大丈夫よ、安心して。ほら、高い高い〜」


ワンダーウーマンに抱っこをされた上、軽やかにぽんぽんと上空に投げられ高い高いをされたブルースは、怪力すぎる女性に恐怖しか覚えなかった。

堅く身体をちぢこませ成されるがままになっていると、スーパーマンが「恐がらないで、ほら、みて」と喜ばそうと宙に浮いた。

彼が飛べば、大抵の子供は喜ぶと相場が決まっている。飛んだー、鳥だー、飛行機だー、いや、スーパーマンだーと。

しかし、ブルースは男が宙に浮くという信じられない現象を前にし、困惑が脳天を突き破りそうになっていた。


目に泪を溜め、無言で震えている状態のバットマンをこのままゴッサムに帰すわけにはいかないと、一先ずウォッチタワーに連れ戻ったはいいものの、宇宙空間とおぼしき場所に強制的に連れてこられたブルースは、恐ろしさの余り先程からずっとダイアナとクラークの手を握りっぱなしだった。


通路を行き交うJLの新参メンバー達は、ぎょっと目を見開き立ち止まった。





会議室、ブルースは窓から見える宇宙に釘付けだったが、それは興奮ではなく恐怖に彩られていた。宇宙には夢が詰まっていると喜べるほど彼は無邪気ではなかった。宇宙には死の可能性の方が余程多いことを聡明ゆえに知っている少年だったからだ。


「こ……これは…夢なの…?」

「もうさ、いっそ夢ってことにしとこうぜ。その方が面倒じゃねぇし」

「ちょっとランタン、その言い方」

ダイアナにきっと睨まれ、ハルは肩をすくませた。

「でも……ブルースの苦痛を考えるとその方がいいかも知れないわね」

「捕らえた敵の能力は解除させた。奴曰く、一日で元に戻るらしいぜ。だから夢ってことで。はい、決まり。聞いてたか蝙蝠坊や。これは夢だ。あれもこれもそれもぜ〜んぶ夢!!明日には忘れてる」


「……夢なら、父さんと母さんのことも?」

「?」

「二人は…生きてる…??」


その問いに誰もが閉口してしまった。

ブルースは賢い。その様子で、両親の死は紛れもない事実であると悟った。黙りこんだブルースの瞳に涙の膜が出来、ぽたりと溢れだした。


「おいおいおい、嘘だろ泣くなよ。おっさんの泣き顔なんて見たくねぇ!!誰か泣きやませろよ!!」


ハルのいつもの言い方は子供にはキツ過ぎた。ブルースは泣く事を責められていると感じ、嗚咽を上げて泣き始めた。


「ひっく、ひっ、ひっ、アル…ぅ、アルフ…っうぅう、うっく」

「あぁ〜あ、ハルが泣かせた〜」

「うるせぇバリー!!」

「ちょっと、ランタン!!子供を泣かせるなんて最低ね!!」

「ブルース、大丈夫だよ、落ちついて、ね。一緒に何かして遊ぼうか!?それともお菓子食べるかい?!」


慌てるスーパーマンの手を振りほどきブルースはうろうろと歩き始めた。若手メンバーに見られたら大変だと、ブルースが会議室から出ようとするのをみんなで阻止すると、閉じ込められたと思ったブルースはパニックになり更にぎゃん泣きした。


「うぁああんっ!!!アルフレッドぉ助けてぇえ!!アルフどこぉ…?うわあ゛あ゛ん!!」

「わ、わかったよ!アルフレッドさんの所に送ってあげるから!」

「ひっく、ひっく、本当?」


いつも仏頂面をしていることが殆どの顔は、今や縋りつく様な不安げなものになっており、潤んだ瞳はまるで子犬のようだった。図体ばかりはでかいが、その顔は…


“か、かわいい…”


とその場にいる誰しもが思った。ハルでさえも少しときめいてしまい、勢いよく頭を振って正気に戻ろうと努めた。


「私の飛行機で地球まで送るわ。ブルース、透明の飛行機なのよ。見てみたいと思わない?」

「……ゴッサムに帰れるの?」

「えぇそうよ。でもね、その飛行機は泣いている子が乗ると飛べないのよ。そういう魔法がかかってるの。泣かずに帰れるかしら?」

「…うん、頑張る」

「良い子ね」

「お姉さん…大丈夫なの?」

「ん?何が?」


ワンダーウーマンの肩を申し訳なさそうにスーパーマンが叩いた。


「ダイアナ…、鼻血が凄い出ているよ」

「あら、ほんと!ヤダわ!って、貴方も出てるわよ」

「あっ本当だ。あはは!」

「仕方ないわ、だってブルースが可愛過ぎるんだもの、うふふ!!」


「…おいバリー。変態共がいるぞ」

「しっ。やめなよ。あんなに幸せそうな二人を邪魔するもんじゃないよ」





機内にはスーパーマンも一緒に乗る事になった。

見送りにきたバリーがお菓子を沢山ブルースに持たせた。市販のお菓子を口にする事が子供の頃からなかったブルースは、初めて手にする大量の菓子に、ふわっと顔を綻ばせた。


「バットマン、…いや、ブルース。君の帰りを待ってるからね!!僕達には君が必要なんだ」

「フラッシュさん…ありがとう」

「今晩、寝しょんべんかくなよ!」

「またそうゆう事言って!」

隣にいるハルをバリーがぱしりと叩いた。

ブルースは先ほどまでの子供っぽい表情から一転し、冷たい顔を見せると見下すようにハルを見た。

「意地悪な人嫌い。頭悪そうだし」

「こんのぉっ!!」

掴みかかろうとするハルをバリーが後ろに引張り、クラークがブルースを庇う様に抱き込んだ。てんやわんやの後方に呆れ、ダイアナは飛行機の屋根兼窓を閉めた。

「じゃあ出発するわよ〜!」





順調に飛行を続けていた一行であったが、成層圏内に入った時、トレバー大尉からダイアナに連絡が入った。内容はワシントンで暴れているヴィランがいるから助けてくれとの事だった。

「どうしましょう…」

「ダイアナ、このままワシントンに向かってくれ。地上近くになったら僕とブルースだけ離脱してゴッサムに向かう」

「そう…ね…、仕方ないわね。最後まで送ってあげたかったけど…ブルース、ごめんなさいね」

「ううん。お姉さん…戦いに行くの?」

「えぇ、そうよ」

「…気をつけてね……絶対、死なないでね」


両親の死を思い出したブルースが、じわりと目を潤ませながらダイアナを見た。余りの衝撃にダイアナの頭はパンクし、ハンドルをぐるぐると回してしまった。


「わぁああああっっ!!」

「ちょ、ちょ、ちょっっと、ダイアナ!!」


飛行機は何回転もした。しばらく止まりそうにないと判断したクラークは、目を回し叫び続けるブルースのベルトを外し、抱き抱えると、窓を突き破り外へ出た。

飛行機はぐるぐると円を描きながらワシントン方向へ向かっていった。


「ぅえぇぇ…」

「ブルース大丈夫かい!?」

「う…ん……だい…じょーぶれす…」


しばらくして酔いが治ってきたブルースは、空の美しさや街の鮮やかさに目を蘭蘭と輝かせ始めた。


「ねぇ、お兄さん知ってた?雲の上には寝れないんだよ。だってあれは水蒸気の塊だから!すとんって落ちちゃうんだ!」

「本当にそうかな?」


クラークはくるりと上を向き寝そべるような体制をとると、自分の腹の上にブルースを乗せ、雲の上へ行った。境目のわからないものではあるが、周り一帯が真っ白であり、上空はスカイブルーとなれば、ここが雲の上だということがわかった。ブルースの目線からすると、寝そべった体制のクラークは本当に雲に寝転がっているように見えた。

「あははっ!!凄いや!」

屈託無く笑うブルースに、クラークは悶えたくなるような気持ちになった。くっと上体を起こすと、真面目な顔でブルースをぎゅっと抱いた。突然の事に困惑しているブルースの緊張を読み取り、クラークは身体を離すと、何事もなかったかのように笑った。

「さぁ、急行下だ」

「わぁっ!!」

上空散歩はクラークにとっても、ブルースにとっても楽しいものだった。



けれども、ゴッサムの上空に入ると、途端にブルースの表情は暗くなった。その街は、幼いブルースの脳内にあった景色よりも錆び着き、灰暗く、禍々しかった。口を固く閉ざしてまったブルースに、クラークは静かに語りかけた。


「今、この街は病気なんだ。大人になった君はそれを治そうと懸命に頑張ってるんだよ。それはとても偉い事で、そして…とても大変な事なんだ」

「……」

「でもね、君は一人じゃない。今日逢った人達、みんな君の仲間だ。友達なんだよ。だから一人で頑張らないで、もっと友達を頼ってね。僕達は勿論、あの緑のお兄さんも。君のためなら何だって手伝うから。それを忘れないで」

「………うん」





絶妙のタイミングでいつものように出迎えに現れたアルフレッドは、口調をいつもよりも柔らかめにし、両腕をやんわりと広げた。


「坊ちゃま、おかえりなさいませ」

「アルフっ!!」

ブルースはスーパーマンの腕から飛び降りると、アルフレッドに抱きついた。

「アルフ小さくなった」

「坊ちゃまが大きくなったのですよ」

「アルフ…っ、ひっく」

「よしよし、大変でしたね。さぁ坊ちゃま、お風呂に入って、ごはんを食べましょう。こちらですよ」

アルフがブルースの手を引くと、ブルースはクラークに振り返った。

「あのね、アルフレッド。そこのお兄さんが僕を送ってきてくれたの」

「そうでしたね、クラーク様、ありがとうございます」

「何かお礼をお渡ししてあげて」

普段のブルースならまずあり得ないその心遣いにクラークは驚きを隠せなかった。

「い、いや、いいんだ!!ゆっくり休んでね。それじゃあ」

「バイバイ、ありがとう」



その夜、連絡を受けたディックが飛んできた。


「アルフレッド、ブルースの様子は?一人にしてて大丈夫なの?」

「一人ではありませんよ。今はダミアン様と遊んでおられます」

「遊ぶ!?っていうか未来の息子に逢うなんてブルース混乱するんじゃないの?!」

「ダミアン様は素晴らしい方ですよ。ご自分からブルース様の息子である事を隠すと決めたようです」

「じゃあ、どういう存在に?」

「わたくしの孫という設定です」





「ブルース、こいつはタイタスって言うんだ。凄く賢い犬なんだぜ」

「わぁ、黒くてかっこいい。大人しいね。触っても噛みつかない?」

「あぁ、大丈夫だ」

タイタスは主人のいつもと違う様子に困惑しながらも、その賢さと適応力を生かした。


「やぁ、ブルース」

「…お兄さん誰?」

満面の笑みで近づいて来る人物に警戒し、ブルースはそっとダミアンの服を掴んだ。ダミアンはそれに気付くとブルースの手を握った。

「こいつは、ナイトウィングっていって街の平和を守ってるヒーローだ。ブルースが大人になった頃の仲間だ」

「そうなんだ…」

「そうなんだよ。ブルースこんばんわ」

「こんばんわ」


ブルースは伺うような上目遣いをしながら、ぺこりと頭を下げた。


「ぬぁぁああっっ可愛過ぎるっ!!様子が違うだけでこんなにも可愛くなるなんてっ!!しゃ、写メっっいや、ムービー撮らなきゃぁああ!!」


青年が唐突に頭を抱え悶え始めたのをみて、ブルースはびくりと震え、ダミアンの手を強く握った。ダミアンはブルースの身体を包むようにしてぎゅっと抱き込んだ。


「おい、グレイソンいい加減にしろ。怯えてるだろ」

「あぁ、ごめん、ごめん!思わず可愛くってね!!…ねぇ、ブルース。ちょっとさ、僕の名前呼んでみてくれないかな?ディックって」

ディックは胸元のポケットに差してある盗聴用のペン型マイクをONにした。

「……ディックさん?」

「さん付けっっ!!やばいっっ!ね、ねぇ、ちょっと一回だけでいいから、お兄ちゃんって呼んでくれないかな!?」

「…え…、ディ、ディックお兄ちゃん?」

「うあぁあぁあぁ可愛過ぎか…!!…っもう…し、死んでもいい…」

「グレイソン!この変態野郎っ!!いいか、ブルース。こいつは基本はめっちゃいい奴なんだけど、お前の事になると度を越した馬鹿になるから今は近づくな」

ブルースはよくわからないまま、こくこくと頷くとダミアンにしがみ付いた。

「わぁあああああ!薔薇と牡丹っっ!!」

ディックは叫ぶとカメラのシャッターを切りまくった。

妁変した青年にブルースは泣き出しそうな顔をし固まった。呆気にとられていたダミアンだったが、しばらくして鬼のような形相になるとディックを力付くで部屋から追い出した。





夜。

ダミアンはブルースを自室まで連れて行き布団を掛けてやった。そして頭をぽんぽんと軽く撫でた。それは寝入っている自分の元にたまにブルースが訪れしていく秘密の行為だった。それを父に言えば二度としてくれなくなる事をダミアンはわかっていた。だから彼はいつも寝たフリを決め込んでいた。無意識に父さんと言い出しそうになり、ダミアンは唇を強く噛んだ。


「おやすみダミアン。遊んでくれてどうもありがとう」

「いや、いいんだ。おやすみブルース。いい夢みろよ」


ダミアンが出て行った後、ブルースは何度も寝返りを打った。いつもの子供部屋ではなく、ここはブルースの両親の部屋で、大人になったブルースの部屋だった。馴れない場所だから寝れないのではなく、本来ここにいるはずの両親がいないことがブルースの胸を締め付けた。

「父さん…っ、母さん…っ…うっ、うぅ…」

広い部屋に鼻をすする音が響いた。しばらくしてブルースは起き上がると、枕をかかえ、とある部屋に向かった。


コンコン…


「アルフレッド……僕が寝るまで傍にいて」

「はい。勿論ですよ坊っちゃま」







翌朝、ブルースは元に戻っているはずだったのだが……


「えっ?!戻ってない?!」


JLに入ってきたディックからの通信にスーパーマンは思わず大声を上げた。

「原因を調べるために、一度ブルースをこっちに連れ戻すよ。今から迎えに行くけどいいかい?」

連れ戻すってなんだ。元々がそっちのものみたいに…と内心思いつつも、それしか方法はないことはディックもわかっており了承した。


しかし「また宇宙に行く」と告げられたブルースの嫌がり様は相当で、可哀想だとダミアンは断固拒否し、迎えに来たスーパーマンに噛みつくような顔を向けた。ディックはダミアンを宥めようと奮闘し、アルフレッドは泣きながらしがみついてくるブルースを何とか説得しようと試みていた。心苦しくはあったが、元のブルースに戻すにはその方が良い事はアルフレッドもディックもわかっており心を鬼にするしかなかった。


「恐くないよ、大丈夫だからブルース。一緒に行こう、ね。ほら、またお空飛べるよ」

「やだぁ!アルフっ助けて!!っ離さないで!!」

「坊ちゃま…」

クラークがブルースの胴体に腕を回し引っ張れば、たかが人間である彼の身体はすんなりとアルフレッドから離れてしまった。ダミアンがクラークの腕を掴み引っ張った。


「やめろ!父さんを連れて行くな!」

手足をばたつかせていたブルースの動きが止まり、ダミアンを凝視した。

「……と…父さんって何…?」

「あっ!」

「アルフレッドの孫じゃないの…?」



アルフレッドから一通り経緯を聞いたブルースは泣いていた目を擦り、先ほどとは一転し、しっかりとした顔付きになった。

「わかった。僕宇宙に行くよ。だって…ダミアンとまた会いたいもん。彼のお父さんとして」

それは父親という存在の大きさを痛いほどに理解しているブルースの心からの言葉だった。アルフレッドとディックは感極まり泣き、ダミアンは先ほどのブルースと同じく、目を強く擦ると大人しくなった。


「じゃあ行こうか」

「うん、みんな…またね。僕が大人になっても…仲良くしてね」


勿論だよとディックが頷き、ずっと御傍にいますよとアルフレッドが微笑んだ。ダミアンは無言でぎゅっとブルースに抱きつき、そして離れた。







ウォッチタワー本部



調べた結果、敵の言った1日は彼の星での時間で、地球時間だと約40時間という事が判明した。元に戻るまでの間、タワーで様子をみる運びとなった。


基地でのブルースは大人しかった。素顔を隠すため、バットスーツを身に纏った彼は、その幼い仕草とオドオドとした様子からマスコットキャラクターのようだった。若手メンバーから恐れられている存在のバットマンが物凄く可愛くなっているという噂を聞きつけ多くのものが彼の元に訪れたが、みなワンダーウーマンの無言の圧力に負け逃げ戻っていった。そんな中、それをものともしない女子が突っ込んできた。スーパーガールだった。


「ねぇ!!バットマンが子供みたいになったんですって!?見てみたい!!」

「駄目よ。バットマンは見世物じゃないの。子供は帰って」

「べぇ〜〜だ!いいじゃない、減るもんじゃないし!見たいっ!!」

「ちょっと、勝手に入って来ないでよ!!スーパーマンっ、あなたの従姉妹でしょ、どうにかして!!」


クラークをも巻き込んだ、てんやわんやの光景を遠目で見ていたハルがバリーに話かけた。


「おい知ってるか?子持ちの熊と出遭ったら死を覚悟しろって話。子供を守る母熊ほどおっかねぇもんは無いんだとよ」

「…ハル。ダイアナがめっちゃこっち睨んでるよ。僕知らないからね」

「すいませんっしたぁぁああ!!」


しかし次の瞬間、ダイアナに吹っ飛ばされたスーパーガールもろともハルは壁にめり込んでいた。瞬時に逃げていたバリーが、目を回しているハルの写真を笑いながら撮った。







必然的に若手メンバーからブルースを遠ざけるために初代メンバーでブルースの面倒を見ることになった。


「ブルース、映画観るかい?」

「うん!」

クラークはソファとテレビを軽々と会議室に持ち込み、ダイアナはテーブルにいくつも食べ物を乗せ、それをまるでウェイトレスのお盆のように運んできた。二人はソファの両端に座ると、ブルースの動向を待った。

どちら寄りにブルースが座るか、無言の競争が始まっていた…。


ブルースが取った行動は、ソファの真ん中に座り「もうちょっと来てよ」と、二人の手を取り自分の方に引き寄せるという方法だった。


ぎゃ…ぎゃぁ〜〜ぎゃわいぃい!!という叫びを心に仕舞い込み、二人は堪え切れない衝動を自分の太腿に込めバンバンと叩き始めた。


「ど…どうしたの…?」

「な、何でもないよ、ごめんね」

「そうだブルース、アイスクリーム食べる?美味しいわよ。人間はこんな美味しいものを作るんだから凄いわよね」

「?!あ、ありがとう」


映画に飽きたわけではなく、今まで怒涛の展開で疲れていたブルースは途中で眠ってしまった。クラークの肩に頭を乗せ寝ていたかと思うと、コロンと転がり、ダイアナの肩に頭を乗せる。そんな可愛い仕草に、二人は蝙蝠の耳が頬に突き刺さる痛みも忘れ、デレデレした表情を浮かべていた。が、至福の時はそう長くは続かなかった。要救援連絡が入り、二人は現場に行かざる得なくなった。



しばらくしてブルースが目覚めると二人の姿は無く、バリーがゲーム機を持って目の前に立っていた。


「ブルース!一緒にゲームしよう!!ほら、ハルも!!」

「子供だからって手加減はしねぇぞ」


三人ともまるで子供のようにはしゃいだ。遊び疲れコントローラが床に放り出された頃には、ハルとブルースはすっかり打ちとけ、ハルの腹部にブルースとバリーが頭を乗せ寝るまでの状態になっていた。あれ?苦しいの俺だけ?という小さな疑問を頭の片隅から排除し、ハルはいびきを掻いて寝落ちした。

ハルのいびきに目覚めたブルースは、そっとその場を離れると、会議室を出た。



擦れ違うメンバー達が、軽く会釈したり、手を上げたりする中を、ブルースは戸惑いながら歩いた。しばらくしてポンと背中を叩かれ振り向けば、髭を生やしサングラスをした男が立っていた。

「よぉ、バッツ!子供になって大変だったみたいだな」

「……すいません…おじさんは、どなたですか?」

「あ、まだ治ってなかったのか。そりゃ、悪かった。俺はグリーンアローっていって、お前と同じ地球人。何の特殊能力もねぇよ。ただ弓がうまいってだけ」

「弓?」

「そう、これだ」

グリーンアローは背中から弓矢を取り出しブルースに見せた。

「おじさんはこれで戦うの?」

「あぁ、そうだ」

「ここにいる皆は、いつも戦っているの?」

「あぁ」

「……お父さんは…暴力は良くないって言ってた…。みんな良い人達なのに、戦うのが好きなの…?」

「…いいや。そうじゃない。ここにいるみんなは、誰かの幸せを守るために戦ってるんだ」


その時、遠くの方からスーパーマンとワンダーウーマンが帰還したと知らせる仲間の声が聞こえた。ブルースはパッとそちらを向くと、一目散に駆けだして行った。


二人は擦りキズはあるものの、さして大きな怪我はなかった。職員に事件の詳細を報告しながら歩いている所にブルースが現れ、二人はぎょっと目を見開いた。


「ブ、ブルース!!ど、どうして出歩いてるんだ?!フラッシュに任せたはずなのに」

「報告は後よ。ブルース、途中何もなかった?さぁ一緒に戻りましょう」

二人の言葉はブルースの耳には入らなかった。それどころではなかったのだ。

「生きてた…」

そう呟くと、彼は勢いよく二人に飛び込んで来た。反射的にクラークとダイアナは腕を目一杯広げ、ブルースを受けとめた。


周囲でそれを見ていた職員やヒーロー達は、声にならない声を上げ、みな慌ててカメラを構えた。







翌日、目が覚めるとブルースの左右にはクラークとダイアナが寝ていた。昨晩、寂しがるブルースが可哀想で、川の字で寝たのだったが…。

「……」

よくわからない状況にしばし呆然としていたブルースだったが、とある考えに行き着くと、がばりと勢いよく起き上がり自分の身体を触り点検した。別段、変化はない事を確認すると、まだ寝ているクラークを跨ぎダストボックスを確認した。避妊具はない…ほっと安心したのも束の間、まさか使ってない?という恐ろしい考えがよぎり、ブルースはダイアナを見た。別段、乱れている様子はなく、彼女はすやすやとよく眠っていた。

ブルースの身体から嫌な汗がじわりと沸いてきた。彼はクラークを揺すりながら小声で呼びかけた。


「クラーク、おい、起きろ。クラークっ…!」

「ん…、どうしたのかな?」

「おい、やめろ、頭を撫でるな馬鹿!何様のつもりだっ!これはどういう事だ?!なんで私達は同じベッドで寝てるんだ!?」

「なんでって…君が“寂しいからどうしても”って…可愛かったなぁ」

「か、かわ…!?え、ど、どういう意味だ…」

ブルースがうろたえていると、ダイアナが目覚めた。

「ん〜、あらブルースおはよう。昨日は本当に可愛かったわ。天使みたいだった」


…え………も、もしかして、二人から抱かれた…?


スーパーブレインが弾き出した答えに、ブルースは息を大きく吸い込むと…卒倒した。


「「ブ、ブルース!?!」」




数時間後、目覚めたブルースは改めて経緯を聴かされ、予想した最悪の出来事になっていなかった事に安心しつつ、自分の失態に顔を真っ赤にし恥じた。

とんでもないがウォッチタワーにはいられないと、逃げ出すようにゴッサムに帰れば、いつも以上にアルフレッドは優しく、ダミアンは懐いてきたので、まぁいいかと思えた。


なお後日、マナーモードにするのを忘れたディックの着信音から『ディックお兄ちゃん?』という自分の声が聞こえてきた時のブルースの形相は、ダークサイドなど比にはならないほど恐ろしいものだったという…。

2016/3/3 −カワイイはジャスティス!−





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