《ブルースが死亡する半年前の設定》

【救済】

ブルースの足の爪を塗った。
親指から、赤、赤、緑、赤、小指は青。星型とドットのラメを重ねて完成。可愛い、ね。

『起きたら怒るよ』
大丈夫だよ、明後日まで起きないから。

ティムが溜息を零して、紅茶を啜る。美味しい香りだ。くんくんと鼻を近付けたら、アプリコットが混ざってるって教えてくれた。

ブルースは最近おねむだ。二日間寝て、一日起きてる。大体はそんな感じ。こんなに長い間、どんな夢を見ているのだろう。眠るのにも飽きるんじゃないかって思うけど、まだまだ足りないらしい。

この間、先生が言ってた。
『あと数年』
僕が三十歳になる前にブルースは死んじゃうんだって。嘘だろ、信じられない、なんて嘘。体の限界くらいわかる。彼はもうボロボロ。朽ち果てた布みたく、もう。

ただ、まだよくわからないんだ。目の前で生きてる人が、もうすぐ終わる事が、何となく理解出来ない。兄弟が言う。覚悟をしとけって。うん、わかってるよって答えたけど、正直覚悟って何だ。何をどうすればいいんだ?人間はいつか死ぬなんて事わかってる。ブルースだって死ぬ。僕だって、みんなだって。でもそれをわかってるからって何だっていうんだ。事実と感情はいつだって仲が悪いんだ。

あぁ今日は何てイレギュラー。甘えん坊のお目覚めだ。愚図って、泣いて、抱っこをせがむ。一度抱えれば、ひっついて離れてくれない。子供の頃でもこんなに甘える方ではありませんでしたとアルフが言ってた。そうだね、僕もそう思う。ブルースはきっとこんなんじゃなかった。じゃあ今目の前にいる男は誰なんだろうか。ブルースの中身はどこに仕舞われているんだろう。この子を叩き割れば出てくるのかな。そしたら叩き割られたブルースはどこへ行くのだろう。僕にベタリとくっつき、瞬きをしながら窓を見ているこの子は、どこの誰なんだ。ねぇ。君は誰なの、僕の憎くて可愛い子。

思う事がいっぱいあって、疲れたね、ブルース。全部全部、今までのことも、これからの事も手放したくなってしまう時があるんだ。ブルースはどうかな?生きるってことは酷く大変で、時折舞い降りる幸せを待ち、耐え忍ぶのも辛いものがあるなぁって。

世界の大半は僕らに優しくなくて、残りの殆どは僕らに無関心だ。貴方が守ろうとしていた世界は、ゴメンね、正直クソでしかない。貴方が守ろうとしていた人々に価値があるかはわからない。だって貴方にはバットマンが助けに来なかった。貴方が両親を失った日から、今も。ずっと。こんなになってしまうまで。不公平だ。
世の中そんなもんだって?じゃあ世界なんて滅びてしまえばいい。

ねぇ、お約束して欲しいな。まだ死なないって。ずっと死なないって。僕から離れないって。こわいよ、ブルース。どうしたらいい?あなたが誰であれ、僕は…

死んで欲しくないと心が、軋む。叫んで、裂けて、飛び散って。……誰か助けてよ。



【永眠】

シャワーを終え戻ってきたディックは、部屋に足を踏み入れた時点で違和感に気付いた。ベッドは膨らみ、そこには確かにブルースがいる。けれど目の前の空間には生き物の気配はなかった。

ディックは固まっていた表情をやわらげるといつもの笑顔を浮かべシーツに潜り込んだ。ブルースを胸に抱き寄せ、真っ白な顔に微笑みかけた。
「ブルース、おまたせ。もう眠っちゃったの?そっか、今日も一日疲れたもんね、そうだよね。そうだね…おやすみ、ブルース…愛してるよ」
薄紫色の唇に何度もキスをして、笑った。ディックの目から涙が流れていたが、青年はそれに気がついていないようだった。亡骸は冷たく、ディックの湯上がりの体温を奪っていった。分かち合ってきた体温が、今はもう一方通行であることに青年は知らぬフリをして瞼を閉じた。

翌朝、起床してこない主を心配しアルフレッドが部屋に来た。扉を開ける前から心がざわついていた。

彼はディックの腕で主が事切れていることに気が付くと取り乱し叫んだ。「ブルース様っ!!ブルース、ブルースっっ」泣き崩れ遺体にすがりつくアルフレッドの背後では、駆け付けた駒鳥達が茫然と立ち尽くしていた。そんな中、ディックだけが緩く微笑みながらブルースを撫でていた。



ブルースの葬儀は密かに行われた。家族だけで棺を囲み、花を手向け、彼の両親が眠る墓石の隣に眠らせた。誰も泣かず、誰も笑わなかった。

翌朝、いつもならば既に漂ってくるはずの朝食の香りが一向にしてこなかった。キッチンに集まった駒鳥達は一枚の便箋を見つけ閉口した。
『お暇を頂戴致します。僭越ながら退職金として幾つか頂戴させていただきました。主の安楽と皆様の幸せを心より願っております。どうか御元気で』
アルフレッドとはそれ以後、連絡がつかなくなった。

幾らかではなく、幾つかと書いてあった通り、金銭には一切、手はつけられてはいなかったが、ブルースの愛用していたモノの殆どは執事と共に消え去り、昔から今に至るまでの写真やアルバム、監視カメラの映像も持ち去られていた。

「ブルースを奪われた!!」
ディックの怒りようは凄まじいものがあった。
「違う、これは僕らにとってもチャンスだ。ディック、僕らも次に歩もう」
「うるさい!なんでそんな簡単に言えるんだよ!?見つけ出して取り戻さないと」
「ディッキー、アルフの気持ちも考えろよ」
「じゃあ僕の気持ちはどうしろっていうんだ?!ブルースは…確かにアルフが育ててきたけど、でもあの子は、あの子は僕が守ってきたんだ!僕のブルースだ!」
「ディック落ち着いて。ブルースはこんなの望んでない。僕らに幸せにな」
「ブルースはそんなこと言わない!!ブルースは寂しがってるよ!!今頃一人で泣いてるっ!」

兄弟の忠告を無視し、ディックは全力を尽くし調べたが、けれども数カ月が経過しても、アルフレッドの影も形も見つけることはできなかった。それはアルフレッドを守ろうと秘密裏に動いていたティムやジェイソンも同様だった。


《ダミミとディック》
ダミミはブルース亡き後、優しい夫婦の元へ養子へ。何不自由なく幸せで普通の生活。ロビンも引退。だけどその優しい日常が逆にダミミの心を苦しめる。
苦悩の青春を経て、険しい大人になったダミアンに、ディックがブルースみを感じてきて「ダミ、ブルースに似てきたね」って、ねっとりにっこり笑って、ダミアンが物凄くいやぁ〜な苦い顔をしたら最高。そして徐々にディックがブルースに抱いていた仄暗い感情とか情愛みたいなものを感じ取って、さらに嫌な気持ちになって心が拗れる青年時代(笑)

ついにディックはダミミに手を出しはじめて、抱くように。別に逆で抱かれてもいいけど。セックス中は、ダミミのことをブルースって呼ぶディック。ダミミ気が狂いそうなほど嫌な気持ちになるけど、ディッキー大事だし可哀想だから相手をしてあげてる。

そしてディックは、外見も中身も、おかしくなる前のブルースに似てくるダミアンに興奮すると同時に、でも僕のブルースじゃないっていう変な思考を併発して、最終的に「ダミアンをおかしくさせれば、僕のブルースをまた手に入れられるかも」とか考えだして、ダミアンの頭を殴って脳内出血させちゃおうっていう恐ろしい算段を立て始める。そしてついに決行する場面。

【交替】
ディックがダミアンの背後からハンマーを振り下ろした。頭頂にぶつかる寸前で、ダミアンはそれを避けディックを蹴り飛ばした。よろけたディックはしばし俯き黙っていたが、突然に笑い出した。
「やっぱり駄目だね、ダミアンは。あの女の血が混ざってるから」
「俺は父さんの子だ」
険しく眉をひそめるダミアンをみつめかえし、ディックは笑うのをやめた。
「グレイソン、俺はおまえに面倒をみてもらう気は無い。俺は……父さんじゃない」
「わ……わかってる……わかってるから、もうそれ以上…やめてくれ」
「いや、やめない。グレイソンこっちを見ろ。俺を見ろ!俺は誰だ?」
「もうよしてくれ 。わかったから、お願いだ!もう……っ」
「俺は誰だ?!!」
「やめてくれっっ!!!」
「グレイソン、俺は誰だ!!?」
「ダミアンだよッ!!ダミアンだ!!ブルースじゃない!!僕のブルースは死んだっっ!死んだんだッ……そんなの…わかってる…わか…っ」
泣き崩れたディックを眺め、ダミアンはそっと膝をついた。
「俺は父さんじゃない」
「もう、やめ」
「だから、お前はもう解放されていいんだ」
「……っ」
「疲れたろ、グレイソン。今度は俺がお前の面倒を看るから」



〜おまけ〜
ジェイソンがスパイ学園にブルースの面倒みに行ってる時の話。犯された後のブルースを見つけた場面

【無題】

仰向けになった蛙のように白い喉と腹と晒し、穴から精液を垂れ流している姿に、ジェイソンは無意識に眉を潜めた。開き切った股関節を閉じさせようとするとバキリと音が鳴った。

ひっひっと喉を鳴らし、歪んだ顔には涙が伝っていた。小刻みに肩を震わし、手は床を掻いたせいで血が滲んでいた。

ディックならばどうするのだろうかと考えを巡らし、ジェイソンはその身に触れた。しがみつく力すら無く、虚ろげな濡れた瞳を向けることだけがブルースに出来た精一杯だった。世の無常を固めたいようなその瞳に堪えきれず、ジェイソンは目をきつく閉じた。





2017/2/10


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