07'07.27

「 中学生日記 2 」


 そして僕は、“ハンバーグだった”と思い出したのです。




 毎朝の日課として、1年C組の不知火という名の僕は、めだかに餌をやるのです。

 餌に喰らい付くめだかは、家のアリゲーター・ガーよりかは可愛さは劣るものの、(だって、それはそうでしょう。うちのアリゲーター・ガー、通称“二郎”はもう5年も共に暮らす、いわば家族のような、否、恋人のようなものなのだから。つまり、僕は小学3年の頃から恋人がいるのだ。)それでも、このめだかという貧相な魚も、馴れ合ううちに愛おしいと思えるのだから、なんともおかしいことだ。そんな、めだかの水草に透明の玉がつくこと、数週間。今か今かと僕は、この水槽に白魚のような童たちがびちびちと跳ねだす日を心待ちにしていたのです。

 そして、本日、めだかが、めでたく孵化したので、めでたいなと思い、僕はにんまりと笑ったのでした。

 なぜぼくが、これほどにまで喜ぶのかというと、このめだかの水槽は2年B組の前にあるからなのです。なぜ、2年B組の前にあると喜ぶのかというと、この2年B組には三郎太という名の暴れん坊がいるからなのです。廊下でサッカーやバスケ、バレー、ダンスなど、やりたい放題の場違いな男なのです。一体、いつこの男の蹴ったボールが水槽をぶち破り、「めだかくん、こんにちは、そしてさようなら」となるのか、僕は日々危機感を募らせていたのです。



 そして、その悪夢は訪れるべくして、訪れたのです。

 いつものように、休み時間、めだかを見に来た僕は、三郎太にいつものように冷やかしを言われたのです。そして、いつものように無視を決め込むと、いつものように三郎太は仲間達とサッカーを始めたのです。僕はただ “あいつら死ねばいいのに”となんとなくそんな事を考えながら、めだかを眺めていたのでした。

 その直後、ガシャンという音がしたのです。そして、透明の欠片が目の前の水槽にぽちゃぽちゃと落ちたのです。突然の出来事に、僕も水槽の中のめだかのように、ぱっと散ったのです。改めて周りを見渡すと、窓が割れ、随分と風通しが良くなっていたのです。そして、廊下にはキラキラといくつものガラスが主張していたのです。

 三郎太達が「やっちまった」と言うと同時に、2年A組から、生徒会長の百鬼丸くんが飛び出してきたのです。彼はその光景を見て、言葉を失ったようでした。そのままこちらに近づくと、めだかの水槽を覗き込み、水に溶け込むようにしているガラスの欠片を手で取り出したのです。その後、百鬼丸くんは無言のまま、廊下に転がるボール類を、2年B組のごみ箱に次々と投げ入れたのでした。“ああ、この人はなるべくして、なった人だなぁ”と僕は、憧れのような、呆れのような、そんな気持ちを抱いたのでした。三郎太達は、何か言いたげでしたが、男勝りなどろろ先生が走ってきたので、「覚えてろよ。」とありきたりで頭の弱い不良が言うようなセリフを吐いて(つまり、彼等にはぴったりのセリフなのである)、逃げ去ったのでした。



 翌朝、めだかは、水の入っていない水槽だけを残し、転向していたのでした。餌の瓶は見当たらず、お伴に付いて行った様でした。それを見て僕は“ちゃっかりしているな”と思ったのです。(もちろん、ちゃっかりしているのはめだかではなく、餌を持って行った人のことです。めだかには、餌を持つ手はありませんから。しかし、餌は別にぼくが買ったわけでもないので、ちゃっかりしているのは、勝手に餌を消費していた僕とも思えるのですが、自分可愛さゆえ、そこは深く考えないでおくことにしたのです。)

 空気がたんまりと入った水槽は、もう酸素ボンベなしでも潜れてしまうほど快適に違いないと僕はそうふんだので、この水槽がもっとも快適な環境になった今、めだか達はおしいことをしたなと思ったのです。

 すると、突然後ろから、「ごめんな。」という声がしたので、振り向くと、百鬼丸くんが立っていたのです。僕は何も言いませんでした。百鬼丸くんが、めだかを持ってきた本人で、いわば、めだかの保護者なのに、“何を謝る必要性があるのだろう”と思ったからです。(つまり、遠まわしに言ってみたが、彼がめだかを持って帰ったということを僕は言いたかったのだ。)

   彼が顔を伏せて、教室に戻って行こうとしたので、「めだかの水槽をB組の前に置いたあんたが悪い」と僕は言ってしまったのです。(ちなみに、2年A組の前には、二十日鼠の籠があるので、無理なことはわかっていたのですが、そう口をついて言ってしまったのです。)彼は、少し驚いた顔をしたのですが、「そうだね。」と笑うと、教室に戻ったのでした。

 僕はその時、彼の顔に無数の傷跡があることや、手に包帯が巻いてあることに、特に何も思わなかったのですが、彼がその3日後から登校しなくなったので、“ああ、あれはもしかすると、もしかするのでは”と思い、自分が歴史的事件を目撃した重要人物のように思えてきたのです。



 数日後、水槽には赤色の蛙が飛び跳ねていたのでした。

 三郎太は、友達とその水槽を囲みながら、「俺んだ、いいだろ。」と言っていたので、“こいつは、こんな赤い蛙なんかを見せて、何を自慢げに話しているのだろうか。阿呆なのではないのだろうか”と思ったのです。こんな阿呆の言った阿呆のセリフ通り、覚えておくような事をされた百鬼丸くんに、僕は少なからず同情の念を浮かべたのですが、“あの人も、あの人だ”とも思い、すぐにどうでも良くなったのです。

 それから、数ヵ月後、水槽には、からんからんに干からびたあの両生類がいたのですが、それはもはや赤くはなく、白に近かったので、僕は雪が降ったのではないかと思ったのです。もうそろそろ、雪の降る季節なので、“今年の東京には雪が降るのだろうか。温暖化が進む今、僕らはこの蛙のように干からびてしまうのではないか。それならそれで別にいいではないか”と、僕はそんな事を考えながら、その水槽に水をたっぷりと張ったのでした。漂う白い蛙は、溢れた水と共に、水槽から外へと飛び立ったのでした。僕は、表面張力でぎりぎりを保つ水面を眺めながら、昨日の晩御飯を思い出すことに夢中になったのです。


 追記 : 繰り返す日常に、僕は躁になりそうなのです。青春は、躁か欝か。バンザイ!!!!!!










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