鉄橋の下に四隅の崩れたダンボール箱

なーなーと啼く、猫が入っていた。






ガタンガタンと電車が通る。

夕暮れの川は、オレンジ色に照る。

川縁では、ソーセージ片手の俺と、それを貪る猫

別段、可愛いとは思わなかった。

ぐちゃぐちゃの毛並みを汚ねぇなぁと思いながら、次のソーセージを剥く。

猫が俺に擦り付こうとするもんだから、手でしっしっと追いやる。

ガタンガタン電車が通る。

夕暮れて、肌寒くなった。鼻の先がじんとする。

「じゃーにゃー」と猫に言うと、丸い目で「なー」とひと啼きした。

つくづく可愛くねぇなぁと思う。



家のドアノブは冷え切っていて、開けたくない気持ちがさらに増幅される。

カーテンの閉まっていないベランダを見れば、家に誰もいないことがわかる。

鍵開けて、家入れば、ほら。

寒い家。

リビングのテーブルを見る。

溢れかえっている灰皿から、吸えそうな煙草を摘み出して、近くのライターで火を付けた。

今日の晩飯はマルボロ。なかなかだろ。

欠伸(あくび)して、二階に上がる。誰もいないことをいいことに、兄貴の部屋のドアを蹴る。

調子こいて、あと3〜4回蹴ってみた。爪先痛くなって止めた。

部屋の電気付けて、ベットに寝転がる。天井見ながら、考え事をしてみる。

我が家の謎その1は、人がいないのに電気も水道も止められていないこと。

我が家の謎その2は、誰も互いの名前を呼ばないこと。

我が家の謎その3は、血は同じなのに家族じゃないこと。

「アホらし」独り言して、やめにした。こういうのは、謎でもなんでもなくて、真実。

謎の原因を突き止めれば、つまらないもんに早代わりだ。

ピラミッドやモアイ像にしかり。

我が家の謎の原因は・・・・突き止めない方が良い。



苛立つチャイムの音、くだらない学校、汚い屋上、そこに巣食う俺達くず。くだらない、存在が。

仲間達が輪になって何かを喋っていることはわかるが、内容までは頭に入ってこない。

注(さ)した目薬が口の中で甘みとして広がって、思わず鼻を摘む。

この目薬は駄目だと前も言っただろーが、と買ってきた奴に投げつける。

どろろが慌てふためいて、買い直してきますとほざく。うざい。

くだらない、こんな毎日。クソだ。

自ら好き好んで屋上を巣にしたのに、今は追いやられたように感じる。

学校の思惑通り、ゴミ捨て場となってしまっているだろうことにイライラした。

馬鹿みたいな被害妄想がここんとこ続く。俺の頭イかれてる。



久しぶりに鉄橋の下に行くと、猫が走ってきた。

両手広げてカモンなんて真似はしない。足で蹴り上げるような真似をする。

猫は恐れずに俺の周りをくるくると回る。俺が阿呆みてぇだろーが、馬鹿。

ポケットを弄って、ソーセージを取り出す。

ビニール捲って、それをフリスビーか何かのように思い切り投げてみた。

「そーら、取って来い」

行くわけがなかった。

ぶよぶよと気持ちの悪いぶれ方をしてソーセージは落下していった。

猫はその着地点をただ眺めただけで、すぐに俺の方に向き直り「なー」と鳴いた。

犬じゃねぇしなー、とぶつぶつ言いながら、俺は落ちたソーセージの行方を捜す。

見っけて、猫に差し出せば、思い切りがっつく。「んなんな」と意味不明の泣き声を立てながら。



家に帰ると、姉貴がいた。封筒を持っていた。

姉貴はそれをカバンに仕舞うと、「黙っとくのよ」と言って家を出た。

久しぶりに見た姉貴の腹は膨らんでいた。

姉貴は家の前に止まっている黒いスポーツカーに乗り込むと、

ベランダからそちらを見る俺をチラリと見て、すぐに車を出した。

その夜、金が消えたと騒ぎ立てる母親に、姉貴が取って行った事を言うと、

母親は姉貴の悪口を次から次へと叫びだし、髪をわやくちゃに掻き乱し始めた。

「生むんじゃなかった!!!死ねばいいのに、あんな女!!!」

じゃあ生まなきゃ良かっただろと言うと、「あんたもだ」と言われた。

虫が蛍光灯にバチバチと音を立てながら体当たりする。

ダイニングテーブルに目を落とすと、何匹が息絶えていた。





久しぶりに、ぶらりと鉄橋の下に行くと、いつもと違う光景があった。

オレンジ色に照る川、生い茂る雑草、汚いダンボール箱。ここまでは同じ。そして

「なんだ、これ・・・」

目に映り込んでいたのは、汚い汚い屍骸だった。

ボーガンの矢が2〜3本刺さったそれは、鳥に荒らされたのだろう、正直汚いの一言だった。

そしてそれが、元々なんであるか、俺はよくわかっていた。

「ソーセージ腹から飛び出てねぇじゃん」なんてことを呟いた。

その時だった

「「おい、ベン。何してんの?」」

見知った声がして、後ろを振り向くと、いつもつるんでるメンバーがいた。

俺の足元に転がる屍骸を見て、数人が笑った。その後で、この間ボーガンで殺したと言った。

新しいボーガンを使いたかっただの、猫が汚いだの、色々と話していた。

俺はあまり頭が回らなかった。

ただ「へぇー・・・」という、至極どうでも良さそうな声が出た。

実際、どうでも良かった。

別に悲しくもないし、かと言って笑えるわけでもないし、どちらの肩を持つような感情も上らなかった。

電車が音を立て鉄橋を渡る。

ガタンガタンという騒音が終って、一瞬の静寂が来たとき、仲間の一人が口を開いた。

いつも仲間の目ばかり気にして、調子の良い事を言うどろろだった。

「ひでぇな」

それは控えめで、仲間を卑下する様子はなかった。ただ純粋に口から零れたようだった。

それを聞いて、他の仲間が複雑そうな表情を浮かべた。

「や、でも、ほら」とどろろが慌てふためいて弁解を始めた。

風が一際びゅんと吹いて、川に小波(さざなみ)が立ち、肌が冷えた。

ガタンガタン ガタンガタン

鉄橋が揺れる

太陽が沈む















「どうでもいい。」

電車の音で俺の声はおそらく届かなかっただろう。

仲間がポカンとした目で俺を見ているのを横目に、俺はその場を去った。

その目すらも、猫の屍骸も、電車の音も、風の冷たさも、沈む太陽も何もかもどうでもよかった。

ほんとうにどうでもよかった。


これから家に帰って寝て、明日は学校行って屋上で煙草を吹かす。んで、帰って寝て、また起きて学校。

明日からも、変わらない日々の繰り返しが待っている。延々と。

だけども、すべてが終った気がした。


帰り道、暗くなりつつある土手を歩きながら、ポケットに入っていたソーセージを食べた。

糞まずくて、吐き捨てた。

舌がもう、煙草しか受け付けないことに気が付いて、自傷気味に笑った。

さよなら

ぼくの




すべて












完 08.01.28 ―さよなら、すべて―
表紙について>初めて、写真やグラデーションを使った。違和感。



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