「ブルース、きみ……それって………」
「にゃんだ!言いたい事があるにゃら、はっきり言え!!」

クラークの目の前には、黒い耳を頭上に生やし、尻尾をピンと逆立て、鋭い牙を剥いている中年がいた。右手に乱暴に握られているのはネズミの人形だ。

「ニャルフレッドっっ!!にゃんでコイツに知らせたんだっ!」
「貴方様のお力になって頂けるかと」
「余計にゃことをするな!こっちは彼女だけでも面倒だと」
「ただいま〜!」
「お帰りなさいませ」
ぎくりとブルースの表情が強張った。現れたワンダーウーマンことダイアナの表情は、いつものツンと研ぎ澄まされている面持ちではなく、少女のように無邪気に輝いていた。
「これ見てよ、アルフレッド!ジャパンにまで行って探してきたわよ!」
「誠に可愛らしいですね」
「でしょ〜!かわゆい、かわゆい、にゃんこちゃん。お利口にしてた?ご褒美に、おリボンつけまちょうね〜!」

赤い紐に鈴がついているそれがブルースの首に巻かれた。ブルースはこめかみに青筋を立て、般若のような形相を浮かべてはいたが、レディーに対し暴言暴力をふるうようなことはしなかった。代わりに握られていた人形が片手の握力によりぶちりと千切れ無惨に落下した。

「あら、スーパーマン。来てたの?どう、可愛いでしょ」
ブルースは般若をさらに煮詰めた鬼瓦のような形相でもってクラークを睨み付けた。
「………え、いや、なんていうか………怖いです……」
「そう?でもこれを聞いたら貴方もイチコロよ。ねぇブルース、私の名前呼んで?」
「………」
「呼んで」
「………」
「よ、び、な、さ、い」
「………ダイアニャ」
「あぁぁあっ可愛いぃいい!!」
「マスターウェイン、わたくしは?」
開き直ったブルースはブチ切れた表情を執事に向けると牙を剥き吠えた。
「ニャルフレッド・ペニーニャース!!どうだこれで満足か!?」
「悪くはないですな」
「ニャンちゃ〜ん、どうちたの?御機嫌斜めになっちゃのかしらぁ?」

ダイアナはブルースの顎下を弄り、もう片手で猫耳を弄りまくった。仏頂面で無視してたブルースだったが、次第に溶けるような表情に変わっていった。下半身がやばくなりそうだと思い、本気でダイアナの手を払いのけようとしたが、さすがはアマゾネス。びくともしなかった。

「ちょ、だいあにゃ…離して…く…れぇ…ふ、ふにゃぁあぁ…」
脱力しその場に崩れ落ちそうになったブルースを支えようとクラークが一歩前に進んだが、執事の方が速かった。アルフレッドはブルースを支えながらゆっくりと床に横たえると、そのまま膝枕状態に突入した。執事の膝に頭を乗せ、猫のように身体を丸めている姿は甘えん坊の子供のようだった。
「よしよし、全くもう。いい年こいて貴方という人は」
そう言いながらも満更でもない顔で主人の頭を撫でくる執事のほうが、いい年こいて………という言葉がぴったりだった。
「ねぇ、NIBOSIっていう食べ物も買ってきたんだけど食べるかしら?」
ダイアナが豪快に煮干しの袋をぱーーんと引き破った。幾つかの欠片がクラークの頭上にも降り注ぎ、辺りに魚臭さが漂う中、青年はようやく口を開いた。

「あの………僕、おいてけぼりなんですが………何がどうなってるんですか?」



ダイアナが語る経緯はこうだった。
宇宙での活動時、二人はあるウィルスに感染した。宇宙にもインフルエンザに似た流行り病というものがある。今年はcat型と名付けられ、猫のような耳と尻尾が生え、口調まで似るというご都合的な症状だ。ダイアナの場合は免疫が強く1日で治ったが、ブルースは本日で3日目だった。

ちなみに彼らは、生き返ったクラークを筆頭に、今や宇宙規模での正義活動を行っている。
理由としては地球上では死亡されたとするスーパーマンことクラークケントの生きる目的と場所の確保だった。クラークが今も生きていることを知っているのはこの場にいる三人だけだ。その方が、地球がエイリアンから狙われる危険性も減り、彼の大切な人物を守れるからと。
クラーク自身がそれを提案したのだが、生きているのに死んでいる存在である事は、本人が覚悟していたよりも遥かに心を沈ませるものだった。いるのに、いない。どこにも属せず、誰とも繋がっていない。闇のような宇宙空間にただ一人漂っている時の寂しさと哀しみは計り知れないものだった。だからクラークは宇宙活動を終える度にウェイン邸に訪れては、泣きごとを漏らしていた。

クラークの話を聞いてくれる人は今やブルースくらいだ。ブルースはいつも片手間に作業をしつつ面倒くさそうに聞いてはいたが、けして無下にする事はしなかった。
母も恋人も手放すしかなかったクラークの悲しみを理解し癒してくれたのは、人生の辛さを知っているこの年上だった。不器用な優しさではあったが、それはクラークの生きる糧になっていた。

クラークは優しくしてくれる人物に弱い。というよりも惚れやすかった。元より人と深い仲になる事が少なかった彼は、ロイスと短期間で恋に落ちたように、密な時間を分かち合うとそれだけで相手に傾倒してしまう性質を持っている。友情を誰とも育んだことがなかったクラークにとっては尚更、ブルースに対しての感情が友情なのか恋愛なのか区別が出来なかった。
しかし、今から半年前。とある言葉をきっかけにクラークの心は完全に射ぬかれた。

半年前……、それはクラークが宇宙での任務を終えて帰ってきた時のことだ。その日も彼は浮かない顔でバットケイブに現れた。
『ただいま』
『ご苦労』
『あのね……今日…お礼を言われたんだ……』
『そうか。で、…なんだ、その顔は』
『うん………僕…ありがとうって言葉……あんまり嬉しくないんだ』
『はっ言われ慣れたか?それとも当たり前のことをしているだけだってか?』
『ううん、違う。恐いんだ』
『恐い?』
『次、言われなかったらどうしようとか。言われなかったのは僕が余計なことをしたからかなとか。そんなに大層なことしてないのにとか、次も頑張らなきゃいけないのか…とか。ありがとうって言われる度になんだか嫌な気分になるんだ………はは、ひねくれてるよね…自分が嫌になる』
『………』
『何か言ってよ……最低だな、とかさ。……ねぇ、ブルース…聞いてた?』
『お前のご両親は素晴らしいな』
『え、突然なに?』
『クラーク。礼を言われたら素直に受け取り、ご両親に感謝しろ。人から感謝される人間に育てあげてくれたんだ』
『ブルース……』
『それくらいで、ひねくれ者だなんて笑わせる。俺くらい性格がねじ曲がってから言え、カンザスボーイ』
左口角を上げブルースが笑った。その瞬間、クラークの心臓に矢が大量に突き刺さった。
『す、すすすっ好きです!前からずっと!!付き合ってください!』
今時、小学生でもしないような台詞で、勢い余って告白したクラークであったが、意外にもブルースは断らなかった。驚き困ったような顔をしてはいたが、静かに頷き返してくれたのだ。
クラークは天にも昇る気持ちだった(実際に喜びのあまり冥王星まで行った)

しかし最初のうちは“嬉しい!”だけで満足だったが、最近は真意の見えないブルースの態度に不安ばかりが募っていた。何故なら彼らはそれ以降、特に何の進展もないままだからである。
もしかすると園児が先生に「結婚して」と言い「大きくなったらね」と返される、そんなやりとりと同じような感覚だったんじゃないかとまで真剣に悩んでいた。
そんな最中、一番遅くに知らされた恋人の一大事にクラークは蚊帳の外に放られた気分だった。



場面は現在に戻る。

膝枕のまま「ふがふにゃ」と煮干を頬張っているブルースの目前に、アルフレッドが猫じゃらしを取り出した。
「おい、ニャルフ……ニャルフレッド!!それを振るのをやめろ!!」
「何故ですか?昨晩はあんなに楽しそうにバシバシしてたじゃありませんか」
「やめろ!こいつの前で言うにゃっ!」

クラークは二人の遣り取りを渋い表情で眺めていた。執事とブルースの仲が尋常ならざることは、このウェイン邸に来てから、もう満腹ですというほど見てきたつもりであったが、更なるステージに進んだと内心げんなりしていた。何十年という付き合いである執事と同じ土俵に上がれるわけがないことは百も承知ではあったが、それでも普段から無愛想な恋人がこんな風に別の男に甘えている姿を見るのは辛かった。

そんなダークブルーに陥っているクラークと、ピンクの空気に包まれている主従をガン無視して、ダイアナはバッグから鼠の玩具を取り出すとネジを巻き床に放った。
勢いよく走り出した玩具を視界に捉え、ブルースは突然真顔になった。鼠が壁に当たり角度を変えた瞬間、彼は一目散に駆け出しそれに飛び掛かった。
「ふにゃふぎゃっうにゃあ!」
両手を丸めてネズミを弄り倒すこと数分。しばらくしてネジが切れた頃、ブルースは周囲の視線に気付き我に返った。彼は顔を真赤にするとその場に蹲まり、ぷるぷると背中を震わせた。
「き……消えたい……」
「ブ、ブルース……見なかったことにするよ…」
痛ましい声を掛けたのはクラークだけであり、ダイアナは笑いながら動画を撮っており、アルフレッドは高機能カメラで連写をしていた。


その後、ディナーを用意しにアルフレッドは席を外し、ダイアナは遊び疲れたと帰っていった。残された部屋で、ブルースはソファにどさりと大きな身体を横たえた。
「ニャルフレッドもダイアニャも、俺を誰だと思ってるんだ!悪人も震え上がるバットニャンだぞ!」
「…ぁ」
クラークは自分の口元をぱっと押さえた。バット“ニャン”と言ってることにブルース本人は気がついていない。その事が余計に面白く感じさせたが、笑えば恐ろしい報復が待っていると思い耐えた。
怒っているブルースの尻尾が、ばしばしとソファの布地を叩いていた。最初はそれを目で追っていただけのクラークだったが、無意識のうちに手が伸びていた。
「わぁ、ふわふわだ」
触るな!と怒られ、クラークは口を尖らせた。執事にはあんなに撫でられても一つも嫌がらなかったじゃないかと思えば、急に寂しさが沸き上がった。その気分に連動するように、五日間の宇宙活動でのとある出来事が思い起こされた。クラークは手持ち無沙汰な指をもじもじと擦り合わせながらブルースを見た。
「ブルース…君が大変な事になってるのはわかってるんだけど…あのね…その…」
「…あぁそういえば、お前任務から帰ってきたばかりだったな。にゃんだ、不細工な顔して。今度は誰ににゃにを言われたんだ」
「聞いてくれるの?」
ブルースは溜息をつき小さく頷いた。

「それでね、そしたらね、ああでね、こうでね」とクラークは捲し立て続けた。そのどれもが最終的には自分を責める結論に至ることに、ブルースは今度は大きな溜め息をついた。
神のごとき強大なパワーを持つ青年の、虫よりも小さく、ガラスよりも脆い心に、もはや情けなさを通り越し憐れみしか湧かなかった。地球でのスーパーマン糾弾運動があって以降、クラークは殊更人との関わりに過敏になっていた。幼少期の頃、虐められっ子だったという過去も恐らく関係しているのだろうとブルースは思った。

「それで“部外者は帰れ”って…“この星の現状も知らないで”って言われて…」
「内戦には関わるにゃと言っただろう。お前の判断一つで戦況が大きく変わるんだぞ」
「だって……子供達が巻き込まれていたから…。でも彼らの部族同士が対立してたんだ。両者ともそれなりの主張があって……片方を助ければ、片方から恨まれる……子供達の目も…酷く冷たかった…」
「結局どうしたんだ」
「両方の武器を全部壊した」
「ふぅ…。そんな事をしても無駄だろうにゃ。武器はまた作れるし、例え武器が無くとも殺し合いはできる。だが相当の痛手だ。お前、恨まれただろ?」
「うん……当然だけどさ…。ねぇ、ブルース…僕…何が正しいのかわからないよ」
クラークの瞳が潤んだ。
「正義って何?それって僕が決めていいの…?そうだとしたら僕には荷が重すぎるよ…」
「言っとくが戦争に正義はない。悪が連鎖的に増えていくだけだ。あとお前は人に好かれる“行い”を正義だと思っている節があるが」
「そこまでは思ってないよ。けど…役立ちたいなって……」
「万人に対して善人ではいられにゃい。相手や周囲の反応に惑わされるな」

「そうすると、うちの主人のような偏屈・我執・猜疑心の強い一匹狼になれますよ。今は猫ですが」

「蝙蝠だ!」
ブルースが吠えた方向には、いつの間にかアルフレッドが立っていた。
「ディナーの準備が整いました。お二人ともダイニングにどうぞ」
「あの、アルフレッドさんはどう思いますか?正義に関して…」
「お答えしかねます。ですが、うちの主人と同じわけではありません」
「そうなんですか……僕はてっきり」
「私が意見しても聞くような耳をお持ちではないので」
「ニャルフは俺がお前を殺すのにも反対してた」
「え、そうなんですか?!」
「でもまぁ止めはしなかったがにゃ」
「そうですか…」
しゅんと肩を落としたクラークの横を素通りし、ブルースは先にダイニングへ行ってしまった。とぼとぼと歩き出したクラークの背後からアルフレッドが声をかけた。

「ケント様。主人を止めなかったのは、貴方に問題があったわけではありません。ただうちの主人を一人にさせることができなかっただけで」
「アルフレッドさん……」
「私の中にも倫理は存在しています。正義に関しても考えを持っています。ですがそれはあって無いようなものです。ブルース様をお護りすることが私の使命ですから。善悪などは二の次です。主人が悪になるのであれば私も悪になります。地獄に行くのであればお供します。あの子に何かあれば私は世界で、いや宇宙で最も残忍な獣になりましょう。まぁこれは貴方にはお分かりにならない方がいいことです」

アルフレッドの顔を見て、クラークはぞっとした。そこには暖さも冷たさも存在しない、まるで心がない作り物のような瞳があった。そこからは人間とは思えない異質な雰囲気が醸し出されていた。
クラークには知る由もなかったが、それはある一線を越えたソルジャーだけが得る特有の眼差しだった。この人には、ブルースでさえ知らない闇が沢山あるとクラークは直感した。
「おや、どうかしましたかな?私の顔に何か?」
アルフレッドがにこりと微笑んだ。もうそこには先ほどの異質なものなどなく、いつもの彼しかいなかった。クラークは目をしばたかせた。まるで幻覚を見ていたような気分だった。すいません、と謝り逃げるようにダイニングへ向かった。


先程の衝撃で美味しい料理が喉を通らないのではと心配していたクラークに、更なる衝撃が飛び込んできた。
「んにゃ、ふにゃ、うみゃい」
音源はブルースだった。咀嚼と嚥下の度に、本人の無自覚で生成されている猫言葉に、クラークは口をぽかりと開けフリーズしていた。可愛いというよりも、何だかいけないものを見ている気分になった。

アルフレッドがブルースの前に新しい料理を置いた。マグロだ。同じくクラークの前にもそれは置かれたが、彼のものはカルパッチョ風になっており、オニオンスライスがたっぷりと乗っていた。一方、ブルースのものはシンプル・イズ・ザ・ベストという言葉がぴったりの“マグロ”のみだった。
「おい、ニャルフ。なんでクラークのは豪華にゃんだ」
「死にたいんですか?」
「あ?」
「猫が食べてはいけないものをわざわざ排除して差し上げたのですが」
「俺は人間だ。喰い物くらい平気だ」
「もうはや二日前の出来事をお忘れで?」
何があったんですか?と尋ねるクラークに、アルフレッドは笑顔で語り出した。その横でブルースは物凄く不服そうな顔でそっぽを向いた。


二日前の夜…それはブルースの寝室で起きた。
猫になった主人の様子を度々確認しに来ていたアルフレッドは、1時間前には無かったワインの空き瓶を見付けて悲鳴にも似た声を出した。ベッドの上にはぐったりと脱力し青ざめた表情のブルースがいた。普段から死んでいる目は、一際光りを無くし、淀んだ瞳をしていた。
『ブルース様っ、まさかっ!ワインをお飲みになったのですか?!』
『……飲ぉまにゃきゃぁ…やってられぇん………』
『この馬鹿!!!猫はアルコールを口にしてはいけませんっ!ましてや葡萄など!!!』
『え……そんにゃぁことぉ言ったってぇ……もう胃のぉ…にゃかぁだ……』
『吐き出せっ!!』
アルフレッドはブルースの首根っこを掴むと、どこにそんな力がという勢いでトイレへ連行した。問答無用で便座の前に膝をつかせると、容赦なくブルースの喉元に指を突き入れた。
『あ゛っぐ!』
『指を噛み切ったら承知しませんよ!!』
『うあ゛っ、う゛え゛ぇえっ!かはっ!!う゛ぇ…』
涙目になりながらブルースは吐いた。空になったと訴えてもアルフレッドは止めなかった。ぬるま湯を飲まされては吐かされるを繰り返し、徹底的に胃洗浄が行われた。



「全てが終わる事にはブルース様はぐったりと床に崩れ『みー…』と鳴くのが精一杯でしたよね?」
「…もういいだろう!喰えばいいんだろ、喰えば」
アルフレッドの話を聞き終え、クラークは作り笑いを浮かべた。素直には笑えなかった。そんな事を自分がしたら、指を噛み千切られる心配は肉体上なくとも、二度と口を利いてくれない事態になるだろうと思った。主従の背後にある異常ともいえる関係を垣間見て、クラークは何だかこの場から逃げ出したいという気分に駆られた。高級なカルパッチョの味もわからなかった。

そんなクラークとは打って変わって、ブルースはマグロを頬張りながら「みゃぐろ、うみゃいにゃ」に近い言葉を発していた。





深夜、ブルースは仏頂面ながらも、尻尾だけは横にふりふりと楽しげに揺らしながらケイブに来ていた。隣には心配そうなクラークと、冷めた表情のアルフレッドがいる。

猫になってからダイアナから禁じられていたバットマン活動であったが、スーパーマンが一緒ならばと許しが出たのだ。
アルフレッドもダイアナと同じく夜のお散歩休止派であったが『どうしても行く!』と言われれば折れてしまうのが彼である。しかしダイアナは違った。文字通り、ブルースを力づくで止めたのだ。彼女は怪我のないレベルでブルースを気絶させ、気付いた時には翌朝というパターンを作り出したのだった。

そんな連日だった為、ブルースは今夜のパトロールを心待ちにしていたのだったが……

「耳のところが入らにゃいっ!いだだだだだっっ!ニャルフレッド無理やり被せようとするな!」
「ああっ!ブルース、大丈夫かい?!」
「うちの主人は頑丈なので大丈夫です。えい、入れ!!」
「っ大丈夫じゃにゃい!いだっ!」
「これじゃあ、パトロールには行けないよ」
「絶対に行くっ!!」
「わかりました、私が何とか致しましょう」

アルフレッドは工具で耳部分に穴を開けブルースの頭に被せた。モチーフのとんがり耳の場所から、すっぽりと猫耳が現れた。

「………わぁ……可愛いよ」
「これは……敵が歓びますなぁ」
「……この際、見た目はどうだっていい!それよりも防御力がにゃい!攻撃をくらったら猫耳が吹っ飛ぶぞ!!」
「それに貴方の熱狂的ファンのような敵ばかりですから、千切って持っていくかもしれませんね」
「そんなこと僕がさせないよ!大丈夫!僕が耳を護るから!」
「もう少し耳をでかく作ればいいだけの話だろーが!!」
「耳の部分の改良はお時間を頂ければ可能ですが、尻尾の方はどうなさいますか?臀部のところに穴を開けたとしても、これまた攻撃を受ければ千切れますよ。それにバットモービルにずっと座り続けるには尻尾の付け根が耐えられないでしょう」
「……大丈夫だ」
「ねぇ、やっぱりやめようよブルース。それに猫化してから君、動く物に過剰に反応しちゃったり、なんだか本能的な習性が抑えられていないような気がするんだ」
「俺が自分を制御できていないとでも!?」
「うん。でも仕方がないよ、そういうウィルスなんだから」
「違う!!俺は平気だ!!お前が手伝わないと言うのなら俺一人でも行くからにゃ!こんな耳も尻尾もいらん!吹き飛べばいい!!」
「ちょっと、ブルース!!わがままが過ぎるよ!!僕は君を心配して言ってるんだよ!!」
「うるにゃい゛!!」

アルフレッドは溜息を零すと、工具でもってガンっと机を叩いた。二人とも口論を止めアルフレッドの方を向いた。

「そこまでです。わかりました。耳の部分を大きくし、尻尾は腰に巻き付け、強化繊維でベルトのように覆いましょう。付け根は潰れないようカバーを被せます。これでどうですか?」
「…どのくらいで完成する?」
「ふぅ…1時間半ですかね」
「そうか…。ニャルフ…ありがとう」
「えぇ」


アルフレッドが作ったアーマーは完璧だった。
けれども、クラークが懸念した通り、ブルースは野生の本能を抑えきれず暴れまくった。その狂いっぷりに、敵の方が『やべぇ、バットマンが脱法ハーブ使いやがった!!』と騒ぎ立てる始末だった。最終的にはスーパーマンが暴れるバットマンを片腕に抱えながら、もう片手で敵を取り押さえたり、ヒートビジョンやコールドブレスで次々倒していく形になった。ばたばたと両手両足を動かし、獣の唸り声を上げるバットマンの相手をする方がヴィランよりも手がかかった。

帰ってきて早々、興奮の冷めたブルースは己の失態を恥じ、自室に閉じ籠ってしまった。
クラークから連絡を受けダイアナがウェイン邸に来たがブルースは部屋から出てこなかった。代わりに部屋から出てきたアルフレッドが渋い顔で首を横に振った。
「申し訳ありません……」
クラークとダイアナは目を見合すと、揃って溜息を零した。
「バットマン活動はしばらく無理ね」
「このウィルスの効果、いつまで続くんだろう……」
「さぁね、人間で感染したのは彼が恐らく初めてよ。いつ治るかは、誰にもわからないわ」





半猫化から一週間が経過した。
会社勤めもできず(モニター越しに指示は出してはいたが、なぜか帽子を被っているブルースに社員は不思議がっていた)、バットマンとしても活動ができない今、ブルースのストレスは溜まりに溜まっていた。

「ブルース、何か僕に出来ることはあるかい?」
「にゃにもにゃい!!いいから宇宙に行ってこい!」
「そんな言い方ないだろう!僕は君を心配しているんだよ」
「口を開けばそればかり!心配にゃど余計だ!自分のことは自分で出来る!!」
「そうは思えないけど」

ブルースの脳裏に、数日前の苦い記憶が蘇った。本能に負け、暴れまくったバットマンを取り押さえたのは…そう、ここにいるクラークだ。あの惨めな出来事は、猫化した中で最も恥ずべき事だと思っていた。いつもならば彼の泣き事を聞いてやり、慰め、時に説教をする役割の自分が、今や逆転している。年下に心配されている己が恥ずかしく許せなかった。

「お前に頼むことなどにゃい。ニャルフレッドがいるからいい!早く行け!!」
「はぁ?!」
でた、とクラークは思った。
ブルースが口にする人名の約9割はあの有能な執事だ。ブルースウェインの世界は彼で構成されていると言っても過言ではない。昔も今も、これからも…彼が頼りにしているのは自分じゃない。そんなのはわかっていたことだと、クラークは自分に言い聞かせた。何時ものように耐えろと。

「いつまでここいる気だ!しつこい奴だ。ニャルフレッドだったらとっくに引き下がってるぞ!」

だが耐えるのは……無理だった。

「そういう言い方をされると僕だって腹が立つんだけど!八つ当たりするなんて、大人のすることじゃない!」
「っ」
「あーもういいよっ、わかった!!行けばいいんだろ!」
「ああ!!」
「でも一つだけ言わせてくれ!僕は君にとってなんなんだ!!?」

ブルースの返答を聞かずに、クラークは乱暴に飛び去った。迫りくる大気圏の青が、嫌に目に染みた。

一方でブルースは、クラークが飛び去った方向を見上げしばし放心した後、突然猫耳を乱暴に掻きむしり、机上の書類や万年筆を床に投げ散らかし、終いには高価なグラスを壊した。そうして一通り暴れ終えると、両腕で顔を覆い、立ち尽くした。尻尾が項垂れていた。


一時間後、部屋に訪れたアルフレッドは荒れ果てた部屋に一瞬驚きはしたが、すぐに片付けを始めた。原因を訊ねることはしなかったが、ベッドの上で不貞腐れ丸まっている男に向かって次々小言を投げつけた。
「可哀想に、世界に数点しかないグラスがみるも無惨に」
「………」
「万年筆もペン先が馬鹿になってしまいましたね」
「うるにゃい」
「大事な契約書もぐしゃぐしゃですか」
「やめろ」
「子供じゃないんですから癇癪もほどほどになさい」
「やめろ゛!!!」
「やめないと、どうなりますか?」
「泣くぞ」
「ふ〜ん、わたくしが?」
「俺が…」
「そうですか。では、やめましょう」

アルフレッドはベッドに腰掛けると、顔を隠すように蹲っているブルースの頭を撫でた。

「例え貴方が世界中の人間から嫌われても、私だけは味方でいます」
「……前も聞いた」
「ですが出来ればそうはなりたくないものです。私だって無限に存在できるわけじゃありませんからね」
ブルースは何も答えなかったが、むずがるようにして身を捩った。
「愛される努力は必要ですよブルース。愛されたいのなら尚更」





宇宙活動から2日も経たないうちに、クラークの元にダイアナから緊急の知らせが来た。

「え!?ブルースが行方不明!??」

バットモービルは基地にあったが、自家用車が消えていた。アルフレッドはケイブのモニターで捜索を続け、急いで帰還したクラークはダイアナと共にゴッサム中を飛び回った。
「ねぇ、貴方、心当たりはある?」
「場所の?さぁ…全くないよ…」
「想い出の場所とか」
「想い出も何も……彼と出掛けた事なんてないし…」
「じゃあ、ニャンちゃんが家出した心当たりは?」
「……あー…喧嘩した…からかな…」
「もう何してるのよ」
「……わからない」
「まったく、これだから男の子は。誰かに拾われるならまだしも去勢手術とかされてたら、どうしましょう?!」
「ダイアナ落ち着いて。まんま猫じゃないんだから」
「ところでブルースとはどこまでの関係になったの?」
「どこまでって……どうにもなってないよ。付き合って……るのかな?よくわからない…」
「嘘でしょ?」
「ほんと」
「キスは?」
「してない」
「付き合って数ヵ月で進展がゼロなの?!」
「だ、だって!!ブルースの気持ちがわからないんだ!オーケーはしてくれたけど、僕のこと好きだって一度も言ってくれないし、そんな素振りもないし…。無理に進めて拒絶されるのは怖いよ…。折角、傍にいられるようになったのに…これで拒否されたらもう僕の居場所は無い……」
「焦れったいわね。うだうだしてるのなら私が貰って行くわよ」
「えぇ?!」
「冗談よ。でも誰かが守ってあげないと彼死んじゃうわよ。人間なんて脆いんだから。ヴィジランテ活動中か、アルフレッドが死んで後追い衰弱か、どっちかでしょうけど。人間の年なんてあっという間よ」
「…アルフレッドさんか…」
「?」
「僕は彼みたくはなれないよ…。ブルースにとって僕は…どうでもいい存在なんだ」
「そうかしら。誰だって人によって見せれる面が違うものよ。私からしたら貴方達はまだまだ赤ん坊。達観するのは早いんじゃない?じゃあ、私はブルードヘイブンを捜すから」

あっと言う間に消え去ったダイアナを見つめ、クラークはもう何度目かわからない溜息を零した。彼女の言わんとしている事が全くわからなかった。その上、引き出された自分達の関係を改めて考えると、到底恋人と呼べる代物ではないことが理解でき泣きたくなった。
「一人で浮かれてた僕が馬鹿みたいだ………」
その時だった。クラークの耳に有り得ない声が届いた。
『HELP』
あのブルースが助けを呼ぶことなんて無いに等しい。けれども、何度も聞いてきた彼の声を聞き誤るわけがなかった。クラークは集中し耳を澄ませ…………そして、捉えた。



彼が降り立ったのは、メトロポリスの端にある暗い高架下だった。今やもう使われていない廃線である。中心部やスラム街ともかなりの距離があるこの荒れ果てた場所には、市民も浮浪者も犯罪者も、人の気配というもの自体が全く無かった。そんな草が伸び放題の場所に一台の車が止まっており、そして少しだけ離れた高架下で本物の猫のようにブルースはうずくまっていた。

「見つけた…。こんなところいたのかい?みんな心配してるよ。帰ろう」
「………」
「どこか怪我でもしたの?大丈夫?」
「………」
「ねぇ、何か喋ってよ。それとも…僕とはもう口も聞きたくない?」

ブルースはむくりと上体を起こすと、四つん這いで近づいてきた。その焦点は怪し気で、熱に浮かされたように虚ろだった。ブルースは困惑しているクラークに猫のようにすり寄ると、足元から脇腹、そして胸を意図を持って撫でてきた。
「え、ちょ、ブルース!?」
「くにゃぁく……助けてくれ……」
「ちょ、ちょっと待って、助けるってど、どう?え、なに、を」
「トップでもボトムでも…どっちでもいい……早く……早く…しろ…」
熱に茹だった瞳は蕩け、荒く息を吐いている様は、酷く扇情的であった。ブルースは発情期に差し掛かっていた。ブルースの手がクラークの下腹部を辿り、股の間にまで到達した。
「ちょっと待ってくれ!君が大変な事態になっていることはわかった!でも、流されて関係を持つのは嫌なんだっ!」
「くにゃぁく……はぁ…あ…」
「そんな…っブルース…僕……僕は……っ」

クラークは唇を強く噛み締めた。言い様のない悲しみが沸き上がり、焼ける様な熱さが喉元まで込み上げていた。
「こんな……こんな時だけ甘えるなんてずるいよ……僕の気持ちを知ってて酷すぎる…っ」
クラークはブルースを押し遠ざけようとした。本能が身体の中でうずいている切羽詰まった状況下で、クラークが要求をのんでくれない事に対し、ブルースが苛立ち吠えた。
「にゃんだ…この間の事をまだ怒ってるのか?!女々しい奴だ!あんにゃのニャルフレッドだったらとっくに許してくれてる!」
「っ、!!」
クラークは一瞬息を止めた。それは最も聞きたくなかったワードだった。もう聞き逃すことなど出来なかった。心臓が脈打ち、頭が煮えくり返りそうになる一方で、指先は尋常じゃないほど冷えた。頭の中でぐるぐると言葉が廻った。
『アルフレッドだったら…アルフレッドなら…アルフレッド、アルフレッド、アルフレ……』
積もりに積もっていたものが爆発した。


「僕はアルフレッドさんじゃないっ!!」


怒鳴り声をあげたクラークに驚き、ブルースの尻尾がぶわりと逆立った。
「そんなにアルフレッドさんがいいなら、彼のところに帰るべきだ!僕より彼のほうが何とかしてくれる!!」
「絶対に嫌にゃ!」
「なんで!?僕なら傷付いてもいいからか?!遊びの相手だから!?使い棄てればいいからか?!」
「にゃにを言って……」
「僕は……ぼくは………っ、」

ぽたりとクラークの目から涙が零れた。ぎょっと驚きに身を固めたブルースの目の前で、クラークは嗚咽を漏らしながら話し始めた。

「僕は…っ本当に君の事が好きなんだ…っ。君を抱けるのなら抱きたいよ、でも…ちゃんと気持ちが通じてからじゃないと…。君からしたら阿呆らしく感じるだろうけど、僕は一夜限りで終わる恋にはしたくなかった……ずっと君を愛したいし、愛されたかった……」
「…くにゃーく……」
「でも、もういい。君が愛してくれないのなら、もう愛なんて求めない」
クラークは冷たい目でブルースを睨み付けると、彼の胸倉を掴み引き寄せ、ベストを引き千切った。次にズボンに手を入れようとしたところで、ブルースが暴れ出した。
「ちょ、ちょぉぉい待て!落ち着けっ!!」
「なんで種付けされたいんでしょ?」
「そ、そうじゃにゃ……いや…そうだがっ、こんなんじゃにゃくて……」
「僕の事は傷付ける癖に、自分は優しくされたいって?ワガママも大概にしろよ!!」

あまりの剣幕に言葉を失ったブルースを無視し、クラークは彼を地べたに押さえ付けると無理矢理ズボンを脱がそうとした。
「ひぃっ、にゃ……っ」
ブルースはパニックに陥っていた。クラークの急変した態度に、脳を占めていた性欲がみる間に萎み、恐怖に占拠されていた。動物的本能が強まっている今だからこそ、クラークの脅威をより一層感じ取っていたのだ。
犯される、殺される、喰われる。
洗脳されたかのようにその考えが頭を占めた。
クラークは激しく暴れている尻尾を掴むと、逃げようともがくブルースを引っ張り戻し、けつを叩いた。痛みにブルースが声を上げたのも無視し、下着ごとズボンを下ろした。
「やっ…やにゃぁ゛あ゛!!」
クラークは声を荒げるブルースの顔を地面に押し付け黙らせると、もう片手で羞恥に色づいた双丘を割り開こうとした。その時、ブルースから絞り出すかのような掠れた声が漏れた。

「ヘ…ルプ……。ック…ラー……クっ」

しばし沈黙の後、クラークは弾かれたようにブルースから離れると、声にならない声で夜空に向かって叫び、拳を地面に叩きつけた。その威力に古びた高架が軋んだ。

「するのも嫌、帰るのも嫌、じゃあ一体何がしたいんだ!!」
ブルースは地べたに這いつくばったまま、顔だけをクラークに向けた。尻尾は今だ恐怖に太くなっており、体はふるふると震えていた。
「ニャ……ニャルフは俺の家族だ………お前はマーサにこんな痴態を見せれるのか?」
クラークは黙ったままブルースを睨み付けていた。
「この間の答えだ…俺にとってお前は“恋人”だ……」
「嘘だ」
「本当だ…!泣き虫で短気でどうしようもにゃい奴だが…こんな俺を頼ってくれる…大事にゃ恋人だ」
「嘘をつくなっ!!」
「嘘じゃにゃい!!だからお前を呼んだんだ。こんなの恋人にしか頼めにゃい……クラーク…わかってくれ、俺は……お前が……っ」

ブルースの唇が止まった。プライドが言葉を閉じ込めようとしていた。頭を振り、ぐっと息を飲み込み、苦しそうな顔からようやく捻り出した。

「…好きだ」

「ブ、ルース…っ」
衝撃で我に返ったクラークは、改めて今の状況を見て青ざめた。クラークが手を伸ばすと、本能的にブルースは身を縮め距離をとろうとした。
「っご、ごめん………ごめんよ、ブルース……乱暴して……」
「ぃ…いや…俺も……すまにゃかった……」
初めて聞く年上の謝罪に、クラークの中で堪らなく愛しいという感情が沸いた。クラークはブルースを抱き寄せると、顔についている土を払い落とし乱れた髪を手ぐしで整えた。そしてブルースの頬を優しく撫で、そのまま口づけた。
「ん……ぅんっ…」
啄むようなキスは次第に深いものに変わっていった。





乱暴に脱ぎ捨てられたグッチのスーツが、夜露で濡れる草の上に散乱している。
ブルースが怪我をしないようにと、クラークは自分のマントを地面に敷き、そこにブルースを横たえさせた。

「ぁ、早くっ……早く」
「でもブルース、慣らさないと痛いよ」
「大丈夫だ、にゃれてる」
「えっ?!馴れてる?!君、男とも寝るの?!」
「そんなわけにゃいだろ!練習したんだ」
「だ…誰と……まさかアルフレッ……」
「彼を汚すな!俺一人で……その…そういう…道具を使ったんだ」
「……ぇ…君、そういう趣味が?」
「違うっ!!お前と……いつかする時に、みっともにゃい事にならにゃいように…準備してた…」
「そんなこと考えてくれてたの?!」
「年上にゃんだから、当然だろ」
「ぶ、ブルースっ!!大好きだよっ」

しかし初めての性行為で、人より立派なクラークの逸物がすんなり入るわけがなかった。痛みに顔を歪ませながらも、ブルースは挿入を急かしてきたが、クラークは彼のこんな辛い顔を見たくはなかった。発情し徐々に落ち着かなくなってきたブルースをあやしながら、クラークは考えた。
「何か潤すものがあれば…あ、そうか」
クラークは何の抵抗もなくブルースの股の間に顔を突っ込むと、べろべろとアナルを舐め始めた。これにはブルースの方が焦り、離れようとした。
「ちょ、おまっそんなとこ、にゃぁだ!っやぁ!!」
「あぁっ!ブルース、ちょっと大人しくしてて」
ブルースは長い脚をクロスさせクラークの首を絞め、その上両手で持って首を捻り曲げようとしてきた。
「ちょっ、全然苦しくないけど、やりにくい!!なに!?なんなのブルース!!?普通の人なら死んでるから!」
顔を上げれば、涙目で抗議の意を込め爪を剥いているブルースがいた。
「わ、わかったから、引っ掻くのはよそう。爪が折れちゃうから、ね」

ブルースが提案した別の方法は…
「ブルースっあっ、き、牙がっ」
「んっ痛かったか?悪い」
「いや、痛くないよ……ただその………気持ちよくて…」
フェラでクラークをイかせ、その精液を潤滑油代わりに使おうという作戦だった。

ペニスがブルースの柔らかい内頬を押し上げる様子はクラークを何とも言えない気持ちにさせた。男のものなど舐めたことがなかったブルースは、過去の女性を思いだしながら見よう見真似で男根をしゃぶっていた。顎が疲れる、息が苦しい、みっともない姿だろうな……そう体感して、過去の女性達に感謝と尊敬の念を今まで以上に強く感じた。
見上げれば、クラークは「はぁはぁ」と息をあげ、気持ち良さ気に目を細めていた。正直力任せの拙い口使いはテクニックとしては三角以下であったが、懸命に奉仕するブルースの姿に興奮していた。
“さすが俺、うまいんだな”と勘違いしたブルースは得意になり、上目遣いでクラークを見上げ馬鹿にしたように笑ってきたが、それすらもクラークには愛しく思えた。白髪混じりの髪を優しくすき、労るように頭や猫耳を撫でた。耳を触られると、ぴくりと小さく震えるブルースに一層興奮し、クラークのそれは体積を増していった。

「ん、っ、ぶるーすっ、もう……イきそうだっ、」

ブルースは怒張したペニスを名残惜しそうに一舐めすると寝転がり、大きく開脚すると自分の指でアナルを広げた。
発情期のせいなのか、次第に大胆になっていくブルースのあられもない様子に、クラークの身体も熱くたぎった。真っ赤にふくれ先端の鈴口から透明な粘液を滴らせているペニスは、今にも爆ぜんばかりの脈動を打っていた。彼はブルースの望み通り、アナルの入口に射精をすると、塗り込むように指でくちゅくちゅと弄った。

「あっ、ん…ふにゃぁ…あ゛…っ、にゃぁ゛ッ」

ブルースは敷かれているマントを強く掴み、びくびくと腰を揺らし始めた。猫の尻尾がぱたぱたと動く様子は艶かしいものがあった。クラークは生唾を飲み込んだ。射精してすぐにも関わらず、もう弾けんばかりに張り詰め勃起しているペニスを菊門にあてがうと、ブルースの首筋からこめかみにかけキスを降らし、辿り着いた耳元で囁いた。
「ブルース……挿れても?」
「ん…」
ねっとりとした蕾は、最初こそ抵抗はあったものの、一度カリが入ってしまえば、後は蠕動運動により吸い込まれるようにヌプヌプと奥まで入っていった。互いの恥毛が擦れ合うほど密着してから、クラークはブルースの猫耳を優しく撫でた。
「アぁっ゛!!」
びくりとブルースの腰が浮き、その振動でクラークの全てがブルースの中に収まった。
「ブルースの中、凄く気持ちいいよ…暖かくて…きゅうきゅうしてる…」
「言うにゃ…っあ゛、ん…」

クラークが耳を弄る度にブルースは声を上げた。触られた脳天から、下腹部に向って電流が走るような感覚がした。自分の中に入っている熱く脈打つ肉塊に、ブルースは眩暈がしていた。道具とは違うペニスの質量もそうだったが、逞しい身体に抱かれている、否、護られているという感覚が妙な気分を湧かせていた。
幼少の頃に喪った、温もり。欲しくて欲しくて堪らなかったのに、喪うことが怖くて自ら遠ざけてきた。自分をけして裏切らないでいてほしい、そんな願いというよりも呪詛に近い想いをぶつけるように、ブルースはクラークにしがみついた。
「どうしたの、ブルース……?」
「も、いぃ、から…動いて…くれ」
「……わかった。痛かったら言って、いいね?」
「ん……ぁあ…」
ピストン運動をするため、一度ぐっと腰を引いた動きにブルースは内臓を持っていかれるような気持ち悪さを感じ、思わず呻いてしまった。
「ごめん!」
「ぃや…気にするな…もっと激しくて…いい…」
「でも」
「緩やかだと…逆に…」
「そう、わかった」

律動に合わせ漏れそうになる呻き声をブルースはしばらく噛み殺し続けた。クラークもキツイ抵抗の中、いかに苦しませずに動かしてあげればよいのか、何をしてあげれば苦痛が少しでも減るかを考えていた。
体勢を整えるためにクラークが片手でブルースの腰を浮かした時、尻尾の付け根に指が触れた。途端にブルースの脚が跳ねあがり「ふぎゃあ゛ぁあ゛ん」という甲高い獣の声が上がった。
「い、痛かった!?ごめんね!?」
「ひっ、ひぃ…、あ…」
ブルースの視線はクラークではなく、彼自身のペニスを凝視していた。先走りの粘液のようだった透明の液体が、白に変わっていた。ペニス自体も膨らみを増しており、ぴくぴくと血管が脈打っていた。
まさか…とクラークが尻尾の付け根を再度触ると、ブルースは喘ぎ声を上げ、弾かれたように身体を捩った。ぱくぱくと鈴口が金魚のように呼吸をし、白みを増した体液が溢れてきた。クラークがブルースの尻尾を強く握り擦った瞬間

「ゃぁア゛ぁ……っ!!」

ブルースの腹筋の上に、白濁液が飛び散った。飛沫はブルースの顔まで跳ね、恍惚の表情を濡らした。
「気持ち良かった?」
クラークは荒い息遣いでブルースの濡れた顔を舐めた。ブルースは蜂蜜をとろりと垂らしたような瞳で遠い星空をぼんやりと見ていた。クラークはその危うい焦点を自分の方に向けさせると、唇を強く吸った。
「ブルース、僕もイキたい…。少し激しくしてもいい?」
「んっ、ぁあ…いぃ…」
「頭ぶつけるといけないから僕の首に腕を回して、しがみついてて……」
おずおずとブルースの腕が回された。あの人一倍自尊心の高い歳上の恋人が自分の言うことを素直に聞いてくれている。それだけでクラークは興奮した。


「アっァ゛にゃアん、あ゛ァ、ッ、ァア…っ、っん、にゃあ゛っ」

質量の増した男根がブルースの中を激しく擦った。ブルースの前立腺はぷくりと膨れ、ピストンの度にカリが擦れた。その刺激にクラークもブルースも腰をびくつかせた。
「にゃア゛ッ、アッ、ひぃ、ア゛あぁッ!!く、くらぁ…っく、あぁッ!くらぁク…ッ」
「ぶるぅすっ、あっ、はぁっ、はぁ、好き、大好き、ブルース愛してるっ、愛してる!!」
「お、……れっ…も、…」
吸い付くようにブルースの内壁がクラークを食い締めた。ぎゅうぎゅうと締めてくる力強さにクラークが呻いた。びちゃぷちゃと結合部で泡立つ水音と、腰を打ち付ける度に互いの睾丸がぶつかり弾ける音が夜の静寂に響いた。
「うっ、ぁ、出そうっ!」
絶頂を感じクラークは体外に出そうと腰を引いたが、ブルースはすがるように両手両足を絡ませ離してくれなかった。
「ちょ、ブルースごめん一回離れてっ」
ブルースは首を横に降り、尻尾まで絡めてきた。
「駄目だってば、中に出ちゃうからっ」
「出していぃ…っ!」
「え?」
「奥っ…に…欲しいっ」
発情している今、ブルースの妊娠欲は強まっていた。奥の奥まで熱いもので満たされることに飢えていた。
「注いでくれっ…くらぁく…っアッんぅ、プリーズ…っ」
「君、本当にっ、なんて猫だっ!」
最奥を突き上げると、ブルースの身体が弓なりにしなった。ヒクつく肉の収縮に負けて、クラークは低く唸りながら濃く煮つまったものをドッと爆ぜさせた。じわりと広がる体内の熱さに、「ぁっ、熱い、あつい」とうわ言のようにブルースが呟いた。

その後も体勢をかえ、どろどろに熔けそうな交わりの中でブルースは二度クラークの精液を受け入れた。ブルースが身悶えするたびに充血の引ききらない肉の合わせ目がほころび、とろりと白濁液が洩れた。最後の絶頂は二人同時に吐精した。


精根尽き果てぐったりとしたブルースを背後から抱き締め、クラークは自分の体液が大量に入っている彼の下腹部を優しく撫でた。
「これで本当に君が妊娠すればいいのになぁ…」
「高齢出産だな…」
薄く笑うブルースの首筋にキスを落とし、時に強く吸い痕を残した。しばらくそうしている内にブルースは眠りについた。いつの間にか猫耳としっぽが消えていた。クラークが唇をめくり上げると、牙も消えていた。





朝日が上がる頃、クラークはウェイン邸に戻ってきた。
彼は片腕でブルースを抱え、もう片手で車を手提げバッグのように持った状態だった。監視カメラで姿を認めたアルフレッドが邸宅から駆け出してきた。

「マスターウェイン!ブルースっっ!!!」
「アルフレッドさん、大丈夫です。その……疲れて意識を失っているだけで……」

クラークは車を地面に下ろすと、ぐったりと意識を失っているブルースを両腕に抱え直した。アルフレッドはブルースの表情を覗き込んだ。
「怪我は?」
「いえ、あの…怪我は…ないです…」
「私のブルース…」
アルフレッドはブルースの前髪を掻き上げると、額から頬にかけて優しく撫で上げた。「ん…」と声を漏らし、ブルースがゆっくり瞼を開いた。
「…アルフ…?」
「えぇ、そうですよ」
「もう時間か…?」
「いいえ、まだ…。後程起こしますから、安心して御休みになって下さい」
ブルースの顔がふわりと綻み、瞼が閉ざされた。アルフレッドは安著の溜息を零した。
「……それでケント様。うちの主人は嫁入り前なんです。無責任なことをされては困ります」
「す、すいません……でも、責任はとります!いえ、むしろとらせて下さい!!」
「…………この子を泣かせたら、貴方の大切にしているモノ全てを破壊してから、最後に貴方を殺します。必ず。これは脅しではありません、事実を述べているだけです。お忘れなく」

クラークはごくりと唾を飲んだ。あの異質な眼差しの奥に、強い思念が籠っていた。どんなヴィランよりも恐ろしいと本気で思った。
「は…はい…」
「御理解に感謝致します。では寝室までこの大きな坊やを運んで頂けますかな?
あぁ、それと……主人の見栄は貴方を好ましく思っている証拠です。格好悪いところを見せて嫌われるが恐かったのでしょう。我儘な子ですが、そう育ててしまったのは私です。どうか見限らず、末永く宜しくお願い致します」
「え……は、はいっ!!あの、こちらこそ!!宜しくお願いします!!!絶対幸せにします!!」
必死のクラークに、アルフレッドが小さく噴き出した。


ウェイン邸に入っていくクラークの背中を、アルフレッドはその場で佇み眺めていた。背後に誰かが降り立つ気配を感じたが、彼は振り向かなかった。
「……アルフレッド、大丈夫?」
「えぇ、ミス・ダイアナ。私は平気です」
「そう……。それなら朝からだけど呑みましょうよ。猫ちゃんが見つかって暇だったから、ウィスキーを買ってきたの」
「それは素晴らしい案ですね。早速つまみを用意致しましょう」
「愛しき子達に乾杯しましょう。それと子離れ記念に」
アルフレッドは振り返ると、赤く充血している瞳を細め微笑んだ。

「御心遣い感謝致します」





ブルースが治ってから3日が経った。
その日もクラークは半泣きでブルースに訴えていた。今回もある惑星での人命救助活動中に、言われなき罵倒を浴びたようだった。
ブルースはソファに深く腰掛け、新聞を観ながら話を聞いていた。一通り話終えたクラークは力尽きたように俯いた。
「必要とされて生きる事と、必要とされたくて生きる事は…こんなにも違うんだね……」
ブルースは出そうになった溜め息を飲み込み、新聞を静かに横に置いた。
「クラーク、顔を上げろ」
彼が見上げた先には、目元をやんわりと緩ませ、優しく微笑むブルースの顔があった。

「俺のこれからの人生にはお前が必要だ。これだけじゃお前を慰めるには足りないか?」

クラークは目を見開いたままフリーズした。宇宙を固めた飴細工のような瞳から、しばらくして雫が美しい流線を描き流れた。

「はは、それって……余っちゃうくらいに十分だ。ブルース……ありがとう」

二人はどちらともなく身体を寄せた。そっと触れるだけのキスを交した後、しばし瞼を閉じ抱き合ったままでいた。ブルースがクラークの頭を撫で、クラークが甘えるようにブルースの肩に顔を埋めた。ガラス張りの室内は、うららかな陽射しで満たされていた。



その数日後、

宇宙から帰還したはずのクラークは、いつもと違い真っ直ぐウェイン邸に戻って来なかった。おかしいと思い、ブルースが彼に与えているマンションまで様子を見に行くと、ベッドの上にシーツで覆われた塊があった。中でうずくまっているのか、全身がすっぽりと包まれ、こんもりと盛り上がっているその物体にブルースは近づいた。

「おい、何してる」
「ぶ、ブルース?!き、来ちゃダメだ」
「まさかお前っ?!そうか……もうはや俺に飽きたか」
「へ?」

ブルースは過去に多くの人を失ってきた。友情も恋愛も続かない事など十分に知っていた。だから人と深い仲になることをずっと避けて来たのだ。執事以外は信用しないと心に誓ったはずだった……なのにいつの間にかクラークだけは違うと思い込み、あの夜身体を開いた。この年まで知らなかった、いや一生知らなくてもいい、男というものを受け入れる事までしたのだ。
だが結果はこうだ。わかっていたのに…いつか裏切られると。またも繰り返してしまったという自己嫌悪と行き場のない怒りと、そして悲しみより深い何かに、熱いものが込み上げた。
ブルースは目元を強く擦ると、キッと塊を睨んだ。

「浮気だなんていい度胸じゃないかっ!一発殴らせろ!!クリプトナイトでな!!!」
「え、ちょ、なにか誤解」
問答無用と言わんばかりの勢いでブルースはシーツをめくった。
そこにはゴールデンレトリバーのような耳をつけ、もふもふの尻尾を垂れ下げているクラークがいた。
「お、お前………」
「今、宇宙で……dog型ウィルスが流行っていて…気をつけてはいたんだけど…」
ブルースは真顔で固まった。クラークはこの失態に呆れられたと思い、項垂れ「くぅん…」と鼻を鳴らした。
次の瞬間、ブルースは今まで見せたことがない満面の笑みでクラークの頭をわしわしと撫でると、おでこをぶつけてきた。
「よぉしよしよし、もう大丈夫だ!心配するな、俺が責任をもって飼ってやるからな!」
唖然としているクラークの目の前で、ブルースは電話をかけ始めた。
「もしもし、アルフレッド。今から犬を連れて帰る。ぇ、駄目?!ちゃんと面倒見る!あぁ、散歩もするし、わかった、ブラッシングも餌やりも、なんでもする。うん、え?名前?!そうだな……」
くりくりとした瞳を向け、事の成り行きを伺っているクラークを、ブルースはじっと見詰め返した。そして思い付いたとでもいうように口角を上げ笑みを浮かべた。

「名前は…スーパーワンだ!」



『たいしたネーミングセンスで』
受話器の向こうでアルフレッドが呆れたように笑った。


2016/7/15 −バットにゃん−





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